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教室に入った瞬間、空気が――刺さった。いつも通りの、笑い声とざわめきの中。
遥の姿に気づいた誰かが、声を潜める。
その些細な「沈黙」に、遥の神経はざわついた。
見られてる。
それは「いつも」のことだ。
けど今は、“見られ方”が変わっている。
昨日――日下部にあんな顔を見せた。
蓮司は、それをどこかで嗅ぎつけている気がしてならない。
席に着くまでのわずかな時間が、何倍にも引き延ばされる。
机の上。
消しゴムが切り刻まれて置かれていた。
遥は視線を落としながら、それをゆっくりと拾い集めた。
無視されたわけじゃない。
“返ってきた”のだ。
蓮司からのサインが。
「おはよ、遥」
何も知らないクラスメイトの声。
遥は、わずかに頬を引きつらせながら返す。
「……おはよう」
言えた。
ただ、それだけで胃の奥が痛んだ。
声が震えていないか、視線が揺れていないか――周囲の誰もが、試してくるように思えた。
休み時間。
教室のドアの外。
日下部の姿が見えた。
けれど、遥は立たなかった。
立って――行きたい気持ちは、確かにあった。
けどそれ以上に、「見られる」ことの恐怖が勝った。
日下部と話すだけで、自分の位置がまたずらされていく気がした。
(何やってんの、俺……)
教室の片隅で、ただ無言でノートを開いたまま、ページが進まない。
鉛筆を持つ手に力が入らない。
さっきまでの静寂よりも、何かが壊れる音のほうが、遥の耳にはよく聞こえた。
それでも、いつも通りの授業は始まり、
いつも通りの笑い声と視線のすれ違いの中で、
遥の心だけが、少しずつ遅れていた。