コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
祝い事は嫌いだった。
「何か、今日荒れてないか?」
そう、怯えながら俺に尋ねるルーメンに俺は眉間に皺を寄せて彼を見た。
睨んでいるだろ。と言われ、俺は睨んでいないと返すが、ルーメンは依然、俺を恐ろしい魔王かのようにみていた。そんなつもりはないのだが。
書類を片付けつつ、ルーメンはそっと俺の机に紅茶を置くとスッと身を引く。
別にそこまで恐れる必要は無いと思うのだが、彼なりの配慮らしい。
それにしても確かに今日の自分は、いつもより機嫌が悪いかもしれない。
何故なら、ここ数日、ずっとエトワールの事を考えていたのだ。彼女は元気にしているだろうか。今頃、何をしているのかと。ルーメンに言わせれば、きっといつも考えているだろうと言われそうだが、それでも一段と彼女のことを考えていた。それは、自分の誕生日が近いからでもある。
彼女に俺の誕生日のパーティーで、俺のダンスのパートナーになって欲しいと頼んだ。彼女は快くとは行かないものの、検討すると言って俺に内緒でダンスの練習をしているらしい。内緒で、なのだが俺は気になって彼女の侍女やルーメンにエトワールの情報を教えてもらっていた。ルーメンは気持ちが悪いからやめろと言ったが、どうもやめられなかった。こういう時に自分の立場や権力は使えるものだと、完全に使い方を間違った使い方をしている。
「はあ……」
「溜息、らしくないな」
「ルーメン」
何故か漏れ出た溜息を聞いたルーメンは、今度は打って変わって心配そうに俺の顔をのぞき込んでいた。
徹夜続きで、疲れているのもあったが、それだけではなかった。気が重いのは。
「少しは休めよ。誕生日に主役がいないのは不味いだろ」
「……その時は、その時だ」
「金がかかってる」
「そうだな……」
この世界にきてからは、金銭感覚が以前よりおかしくなっている。確かに、皇太子の、皇宮主催のパーティーということもあってそれはもう多額の金が動いているのは確かだった。それを、ただの風邪で取りやめにするのはルーメンだけではなく俺も一応気が引ける。その金は、平民が稼いだ税によってまかなわれているものでもあるから。
だがしかし、今はそれよりも。エトワールが俺の誘いに乗ってくれるかどうかの方が問題だった。練習しているとは言え、彼女の性格を考えると、本番に俺の誘いを蹴る可能性だってあった。それはそれで可愛いのだが、彼女らしくて、初々しさもあって。恥ずかしくて無理だと断られるならそれはそれで仕方がないと言えよう。
(いや……それ以前に)
最近、彼女の様子がおかしいことに気づいた。勿論、俺のせいで自分の立場が……と彼女はこのゲームのことを知っているから気にしているのだろうが、俺の事を避けるようになったと言うか、きっと別に俺の事を恨んでいるわけではないのだろうが、顔を見なくなった。俺の事を忘れ……嫌いになったとしたら、俺は生きていけるだろうか。
「はあ……」
「おい、溜息」
「なあ、ルーメン。エトワールは俺の事好きでいてくれるだろうか」
「はあ?」
俺がそう尋ねれば、ルーメンは何を聞いているんだというように眉をひそめた。そして、呆れたような目でこちらを見る。
そんな目で見られる筋合いは無いのだが。むしろ、お前に聞いているのだから答えて欲しいものだ。すると、ルーメンは小さく溜息をついてから、口を開いた。
「そんなの直接聞けば良いだろ」
「…………」
「まさか、聞く勇気がないとか言わないよな」
「………………ああ」
「その間は何だよ」
ルーメンは、呆れたように、それでいて面倒くさそうに俺を見てきた。俺は、もう一度「ああ」と零して窓の外を見る。
そんなことは分かっていた。俺に聞く勇気が無いことぐらい。それでも、聞きたいと思うのは、俺の悪い癖だ。
彼女が、俺を好いているかなんて、分からないじゃないか。一度も前世では言ってくれなかった。そういう素振りもなかった。だから、もしかするとあの時から俺の事を嫌いだったのではないかと。
そう、言い訳をして俺はまた彼女に嫌われることを恐れて、臆病になる。
本当は、怖かった。
もし、もしも、エトワールが、俺のことを好きじゃ無かったらと、思うと。好きと伝えても、彼女は顔を赤くするばかりで答えてはくれなかった。勿論、初めのうちはその反応だけで満足で、彼女が俺の事を好いていなくてもそれでもいいと思った。俺が彼女を愛し続ければ、いつかは、と。
でも、俺は欲張りだ。
今となっては、俺の事を好きだと、その言葉が欲しい。俺の告白に照れて頬を赤らめるだけじゃない。その表情を、感情をもっと見たいと願ってしまうのだ。
一度も好きだと言われたことがないのに、どうしてこうも、彼女を求めてしまうのだろうか。らしくない。
「はあ……」
「だから、溜息つくのやめろよ。こっちまで気が滅入る」
「エトワールが」
「はいはい、もうその話は聞き飽きたから」
「俺の恋人に対してその言い方は何だ」
「恋人じゃねえじゃん。『元』恋人じゃん」
と、ルーメンは冷たく言うと俺に背を向けた。これ以上話しても無駄だと分かったのだろう。確かに彼の言う通りなのだが、それにしたってもう少し俺に優しくしてくれても良いのではないだろうか。ルーメンは、何だかんだいっても優しい奴だと思うのだが……
この執務室は防音で、俺とルーメンの二人しかいない。だから、彼もいつもの気持ちの悪い敬語を外して、前世と同じように俺に話しかけてくる。俺もその方が気が楽で良い。
「ルーメン」
「今度は何だよ」
「随分とお前は、機嫌が良いんだな」
「……うっ、いや、そんなことは」
そういいつつ、ルーメンの目が泳いでいることを俺は見逃さなかった。大方予想はつくが。
「告白したのか?」
「はああ!? ま、まままま、まさか、つか誰に!?」
やはり、そうか。
ルーメンは分かりやすい。俺は、少し意地悪な笑みを浮かべながら、椅子から立ち上がり、ルーメンの隣に座った。
彼は、そんな俺を見て、少し嫌そうな顔を見せる。そんな彼を横目に、俺は口を開く。
「それで、どうだったんだ? 返事は」
「だから、告白、してねえし……好きな奴とか」
「エトワールの侍女のリュシオルというメイドだろ?」
「な、な、何でそれ知ってんだよ!?」
あからさまに動揺している彼に、思わず吹き出しそうになる。それを何とか堪えると、俺はゆっくりと首を振った。
別に知っているわけではない。ただ、彼が目で追っている先にいたのがエトワールの侍女だったという話だ。彼も彼で、身分が高いものだから聖女の侍女に恋などしてはならないと思っているらしい。認められもしないだろう。だが、俺はそんなの関係無いと思っている。彼が好きならそれを貫けば良いだけの話だ。
ルーメンは見破られたことが気にくわなかったのか、ぷるぷると震えながら俺の方を睨み付けた。そんな睨みなど俺は怖くもなんともなかった。ただ、彼は相変わらずだと思う。
元から、エトワールの侍女、リュシオルのような強い女性がルーメンは好みであった。巡の親友の万場の事を好きだったこと、俺は今でも覚えている。ルーメン、灯華もまた俺と同じでそこまで女性を好いていなかった。俺にはモテていいなと言うくせに、自分は恋なんて興味ないというような顔をしながら万場のことを追っかけていたことを俺は知っている。結局、片思いのまま彼は終わらせようと思っていたのだろうが。
「別に、好きとか……好きだけど、いやでも、告白は……」
「しないのか?」
「するよ! その内な! ……てか、お前だって人のこと言えないだろ!」
と、ルーメンはいきなり反撃に出たかのように俺のことを指さしてきた。
「なら、お互い様だな」
そう、言って笑うと、何故だかルーメンは悔しそうな顔をする。それはきっと、俺は付合って思いを伝えていたのに、自分は伝えられていないという自分の行動を悔いているという事なのだろう。
全く、本当に面倒臭い奴である。俺も人のことを言える立場ではないが。
でも、俺はこういう性格をしているのを分かっていて彼とここまで一緒にいたのだ。だから、今更文句を言うつもりはない。たった一人の幼馴染みで、親友であるから。それに、そういうところも含めて俺はルーメンが親友として好きなのだと思う。だから、早く言えば良いのにとは思うが。
「お前みたいに、すぐ口から好きとか可愛いとか出せないんだよ。ったく、お前はほんと素直に言うよな」
「そうか? これでも、言えていない方だと思うんだが」
「俺に対しては惚気てくるけどな」
などと、ルーメンは溜息をつくと俺から視線を外す。
そして、そのまま窓の外を見た。俺もつられて外を見ると、そこには綺麗な青空が広がっていた。
俺とエトワールの関係は、未だに恋人未満だ。振り出しに戻ってしまっているわけだ。俺の一方的な想いは伝えても、彼女はそれを受け流すばかりだった。悲しいが、今はこの状況を悪化させないよう保つしかないだろう。
「ルーメンと話して、少し気が楽になった」
「あっそ……つか、お前が荒れてる理由それじゃないだろ」
と、ルーメンは目を鋭くさせて言ってきた。俺は彼の言葉を受けて目を丸くしてしまう。
「何故そう思うんだ?」
「ちょっと顔つきが違う。大方、皇帝陛下とでも喧嘩をしたんだろ」
「…………」
「深くは聞かないけどさ」
そう言って手をひらひらと振るルーメン。彼は軽く言って、この話題を変えようとしたのだが、俺は忘れていた怒りがフッとわき上がってきて、落ち着かず立ち上がった。何処かに行くのかと、ルーメンに聞かれたが別に何処に行こうともしていないと強く返してしまう。すれば、ルーメンはまた俺に恐怖や恐れといった表情を向けた。
自分でも顔に出ているのが分かった。
「聞いてくれるのか?」
「話したければどーぞ」
俺は、少し考えた後にルーメンに話すことにした。話して良いないようなのか、いいやここまで来たら引けないのだがそれでも、この手の話題は俺も嫌いだったし、彼も聞くのが辛いだろうと思って言葉が詰まった。しかし、彼はそんなこと気にせずいつも通りにしてくれていて助かった。
俺はゆっくりと口を開いた。
「……俺の誕生日のパーティーで、一番最初にダンスを踊るだろ」
「ああ、聖女様と踊るんだろ?」
「…………勿論、エトワールとは踊るつもりだ。だが、それは貴族達の前ではない……いや、踊れないといった方が良いか」
言葉が上手くでなかった。
俺が先ほど悩んでいたのは、パーティーが終わった後ででも良いからエトワールにもう一度ダンスの誘いをかけて、それで踊れたらと思っていた。本当は、最初の曲で踊れたらと思ったが、それを皇帝に阻まれてしまった。理由は簡単だ。
皇帝が、俺の父親がエトワールの事を聖女だと認めていないから。
ずっと前から、エトワールの事を異端視しており、彼女を偽物だと否定してきた。俺が彼女を擁護すれば、俺が彼女に誑かされていると呪いでもかけられているのだと宮廷魔道士に頼んで診察を……何てこともあった。それぐらい、皇帝はエトワールの事を嫌っていた。エトワールの容姿が、伝説上の聖女と真逆だったから。だが、彼女の容姿は帝国が神聖視している信仰している女神と同じであり、彼女を邪険に扱えば罰が下るのではないかと俺が反論すれば、女神の姿に似せた悪魔だと言い始めた。勿論、普段は視野が広く俺ですら尊敬するところがある皇帝だったが、災厄のせいか正常な判断が出来ず、疑心暗鬼になっているのだろう。全てが疑わしく見えてしまうのだろう。
それから、俺と肯定の意見があうことなどなく、顔を合わせれば睨み合うような親子関係になっていた。本物のリースもそうだったのだろうかなどふと思ったが、俺は誰が親であれ、あまり親に良い思い出はない。だから、きっと強く当たってしまう。自分の意見を押し通すために。
そう言った理由もあって、エトワールとは公衆の面前では踊れないこととなった。代わりに本物の聖女であるトワイライトと踊るようにと。また彼女との婚約をと勝手に話を進めていた。聖女は災厄を打ち倒したら消える運命だというのに婚約など馬鹿馬鹿しい話である。それは、エトワールも変わりはないのだが。
「というわけだ……本当に嫌になる」
「それ、聖女様にいったのか?」
「いや……伝える時間が無くてな。まあ、理解してくれるだろう。彼奴も目立つのはいやだろうし……」
そういえば、ルーメンの顔は何故か険しいものとなっていた。何か、変なことを言ってしまったのだろうか? 俺は首を傾げていると、ルーメンは俺のことをジト目で見てきた。
そして、深い溜息をつく。
ルーメンは俺に指を突きつけてくる。
「それ、ちゃんといっとかないと後で大変なことになると思うぞ。理解してくれるってそれは、お前の考えだって事ちゃんと分かってないと……はあ」
「最後の溜息は何だ」
「何にも。まあ、ちゃんといっといた方が良いと思うけどな、俺は。聖女様ってそういうことに関しては勘違いしやすいと思うし」
などと、ルーメンはいって仕事があるからと部屋を出て行ってしまった。
俺は彼の言葉の意味を考えながら、書類に目を通し再び溜息をつつく。彼の溜息がうつったのだろうと屁理屈を考えながら。
俺は結局当日まで、その事をエトワールに伝えることは出来なかった。