テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
美花の主治医の女性医師は、彼女のこれまでにあった出来事を聞き、精神科も並行して受診するように勧めてきた。
医師が精神科への受診を手配をしてくれて、彼女は、産婦人科の外来の後、そのまま精神科へ向かう。
人の良さを絵に描いたような面立ちの男性医師が、彼女の主治医となり、美花の話を最後まで耳を傾けてくれた。
『浦野さん。趣味や心の支えになる事って、ありますか?』
『ええ……まぁ……。パソコンを使って、作曲するのが……趣味…………です』
唐突な質問に、美花はぎこちなく答えた。
『素晴らしい趣味をお持ちですね……! 音楽は癒しや、人を元気付ける力がある、と私は思っています。ぜひ、これからも素敵な音楽を作り続けて下さい。あ、もちろん、無理のない範囲で、です。あなたの趣味は、きっとあなた自身を助けてくれる存在になると思いますよ』
『そうですね……』
美花は曖昧に笑みを覗かせて返事をしたところで、精神科の受診が終わった。
睡眠薬を処方してもらい、月に一度、外来で受診する事になったけど、男性医師は、美花の自傷行為の事には一切触れなかった。
── あなたの趣味は、きっとあなた自身を助けてくれる存在になると思いますよ。
病院を後にして、美花は灰色の空を見上げながら、精神科の男性医師から贈られた言葉を思い返す。
(恋をしてはいけないんだったら…………私は…………趣味に生きる!!)
どんよりとした曇り空に向かって、美花は心の中で叫び、時間さえあれば、取り憑かれたように曲を作り続けた。
***
左腕に当てられたカミソリの刃を、リストカットの痕跡が多く残る肌に沈ませる美花。
闇に蝕まれた心の咆哮を消そうと、そっと引こうとした時。
「……っ…………なっ……何で……? どうしてっ!?」
小さな銀色の刃物を持つ手が、ピタリと止まる。
美花の脳裏に過ぎっていったのは、『おにーさん』こと、葉山圭の緩やかな笑顔。
ハヤマのDTM事業部の会議室で見た、彼の優しそうな笑顔が、美花に絡み付いて離れない。
おにーさんは、きっと素敵な彼女がいる『雲の上の存在』であり、彼を好きになったら、自分が苦しい思いをするのは、過去の経験で分かっている事。
けれど、いつしか膨らみ始めていた、圭への好意。
「どうして……おにーさんの顔が浮かぶの!? 私……恋愛しちゃダメなのに何で!? 何でなのよぉっ!!」
美花は、圭の面影を消去させようと、震える手でさらに赤の痕跡を刻み込んでいく。
「…………っ!! 私……わたし…………どうしたらいいんだよぉっ!!」
彼女は左腕に食い込まれた刃を、辿々しく離すと、顔を歪めながら慟哭した。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!