小湊早百合(こみなと さゆり)
私は田舎で生まれた。父の顔を見たことはなく、家には母と、兄しかいなかった。
兄、圭一は生まれつき左腕がなく、近所の同級生からは仲間はずれにされることが多かった。
私は兄が大好きだったから、そんな兄をいつもかばって、兄の行くところにはどこへでもついていった。
兄が片腕のせいでもどかしい思いをしないように、ご飯やおやつの時間には必ず、卵の殻やみかんの皮を剥くのを手伝った。
あとからわかったことだが、私がまだ小学生のころ、母は仕事を失った。その頃から、夜が近づくと、母は私と兄を、外へ出すようになった。
こんな時間に遊びに出る子は私達のほかにおらず、仕方がないので私達は、家から少し離れた田んぼの畦道で、飛び交う蛍を追いかけて遊んだ。
こうして昔はとても仲がよかったのに、やがて兄は年下の女の子にかばってもらうのが恥ずかしかったのだろう、私を疎ましく思ったのか、だんだん私を連れて歩くのを嫌がるようになった。
そんなある日、母は突然いなくなった。朝、私がいつものように目を覚ますと、家には誰もいなかった。おそるおそる一人で布団から這い出し、顔をあらって、机の上にあった食パンを少しずつ齧っていると、しばらくして両目を真っ赤に泣き腫らした兄が、たった一人で川から帰ってきた。それを見て、私は兄にすがりついて問い詰めた。
「ママは?どこいったの?お兄ちゃんどうして泣いてるの?!」
「…。」
「ねぇ、どうしたのってば!」
するとお兄ちゃんは泣きながら、突然声を上げて、
「…ッ。ママは…ママは、遠くに行っちゃって、もう帰って来ないんだよ!」
と叫ぶと、再び家を飛び出していってしまった。
私はその時、まだその意味がよく分からなかった。とにかくママにはもう会えないこと、そしてお兄ちゃんが、もうそれ以上何も教えてくれないこと。それだけだった。その後、お兄ちゃんは何日も帰らなかった。
その間村では珍しく、しきりにパトカーのサイレンが鳴り響いており、私は怖くて、寂しくて毎日泣いていた。
お兄ちゃんの帰りを待ちながら縁側にうずくまっている私を見て、時々近所のおじいさんやおばあさんが、同情するような表情を見せたが、私と目が合えば顔を背けるようにして、私の前をそそくさと通り過ぎて行ってしまった。
そうしているうちに、ある日突然、知らないおじさんとおばさんが家にやってきた。
コメント
2件
泣いてしまった…( ; ; ) (あ、応援します)