テラーノベル
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「あの…………私、仕事で何か重大なミスを、してしまいましたか?」
谷岡と奈美は、職場の敷地内にある外のベンチに腰を下ろした。
定時の十七時を過ぎても、外の空気は湿気のせいで生温い。
谷岡とは、仕事以外の事で話したことは滅多にないけど、個人的に呼び出されるって事は、先方の向陽商会の人、もとい豪からクレームが入ったのか、と身構える。
「いや、向陽商会の方からは、先月の工場見学に来た時に、『丁寧な検査作業をしているんですね』って言われているよ。重大なミスも、もちろんないよ」
人懐っこそうな笑みを浮かべた上司。
「恐縮です。では一体……」
谷岡が、突然財布をズボンのポケットから出すと、札入れから一枚の折り畳まれたメモを取り、彼女に差し出した。
「高村さんを呼び出したのは仕事の件じゃなくて、実は、ある人からこれを高村さんに渡してくれって頼まれたんだ」
「…………」
谷岡の事をチラリと見た後、少し皺になったメモを戸惑いながら開いてみる。
そこには豪のフルネームと思われる『本橋 豪』っていう氏名と、プライベートの携帯番号、携帯のメルアドが記されていた。
「…………え?」
谷岡がいるにも関わらず、彼女は瞠目した。
「実は、俺と向陽商会の本橋豪は、中学時代からの親友なんだよ。先月の工場見学の時、二人が驚いた顔をしてたから、もしかしたら何かあるのか、って思っていたんだけどさ」
(まさか、豪さんの親友が谷岡さんだったなんて……!)
驚きを通り越して唖然としてしまった。
世間は本当に狭いし、人と人の繋がりって、どこで繋がっているのか分からないものだな、なんて他人事のように思っている自分がいる。
(っていうか、豪さんの本名、本橋豪っていうんだ……)
四ヶ月越しに彼の本名を初めて知り、奈美は、メモが破れそうになるほど凝視してしまった。