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「大袈裟ねぇ。ちょっと刺しただけじゃない」
女の呆れた様な口調が勘に障る。
これのどこが“ちょっと”だ?
どう考えても一センチは刺してるはず。
「痛いぃぃあぁぁっ!!」
それは軽々と神経にまで届き、絶え間ない悲鳴を上げるしかない。
俺だからこそ悲鳴で済んではいるが、凡人なら即発狂し、廃人と化すだろう。
「この程度で一々悲鳴を上げてたらこの先、気が持たないわよ?」
これで終わりじゃないのか?
一体何度刺す気なんだ?
女は俺の胸に埋まった針を引き抜く。その際にも鈍い痛みが走った。
勿論これで終了では無いのだ。
引き抜いたそれは第二掃射準備完了の狼煙。
「次はもうちょっと深くイクわよ!」
その言葉に俺は心の底から震撼という感情を覚えた。
絶対なはずのこの俺に生じた、余分な感情というものを。
「いやだぁああぁぁぁぁぁ!!!!」
絶叫は無意味。女は何の遠慮も躊躇いもなく――
“プスリ”
俺の大胸筋に先程よりも深く、深く、深く針を突き刺していたのだ。
「あぎゃあああぁぁぁひぃいぃぃぃっ!!!!!!」
その想像を絶する痛覚。中枢神経を抉られた感覚。
測定三センチに及ぶだろう鋭利な尖端が胎内侵入して来た感覚に、俺はこの世の者とは思えない絶叫を上げていた。
「もう、うるさいわね! 舌を噛み切られても厄介だし……そうだわ! 良い事思い付いちゃった」
押し寄せる痛覚に思考も朧だが、こいつの良い考え等、ろくでもないものと相場が決まっている。
“ガサガサ”
何の音だ?
「うふふふふ」
女の意味深な含み。そう、それは何かが摩擦の時に生じる音だった。
「――オブォッ!?」
突然口内に突っ込まれる“何か”の異物。
感触から布系か? ならばハンカチかタオルで口を塞がれたに違いない。
悲鳴を出させない為とはいえ、よくも俺の神聖なる咥内に――
だがちょっと待て?
じゃあ先程の摩擦音は何だ?
こいつ、ハンカチ等持っていたか?
それに口内から鼻孔に漂う、このむせかえる様な匂い……。
俺は経験上、この匂いをよく知っている。
そう……これは雌特有の――
「おほほ。これで一安心ね。それにジョンも私のをくわえられて嬉しいでしょ? ああでもこれじゃ“アメ”になっちゃうわ……」
女の発した全ての言葉の羅列をパズルの様に組み合わせると、俺のアインシュタインブレインは最新コンピューターよりも速く、疑問から確信への解答を導き出してしまった。
まさか……? ではなく、もう間違いない。これは奴の履いていた薄汚いマイティガードだ。
「ンンッ――!!」
そのおぞましき物体を吐き出そうと懸命に嗚咽するが、異物は既に咥内面積限界まで侵食している為、吐き出す処か声さえ出せない。
よくも……よくもこの俺にこんな御無礼を。おのれおのれおのれおのれぇ!!
「さあ! これで遠慮せず続きいくわよぉ!」
しかし感傷に浸っている隙は無い。
元よりこいつに遠慮なんていう辞書は存在していないのだが、俺が声を出せないのをいい事に、女は更に調子に乗ってきた。
「――っ!!!!!!」
再度突き刺さる、火鉢を押し付けられた様な熱い痛覚。
今度は推定五センチだ。臓器器官にまで届いたかも知れない。
「あぁ……癖になりそう、この感触……」
女は恍惚の喘ぎで、更に突き刺した針を掻き回す。
常人ならこの時点でアナフィラキシーショック死だ。
「ングゥ! ンギィッ!!」
言いたい事が言葉にならないのが、これ程辛いとは……。
「アハハハハ! まだまだイケるわ!!」
完全に殺す勢いだが、無限に近いヒットポイントを持つ俺だからこそ、辛うじて命を繋いでいるだけに過ぎない。
女は俺の胎内に埋め込まれた針を無造作に引き抜くと――
「なっ……なんて美しいの! まるでルビーの輝きだわ!」
恐らく血液が傷穴から溢れ出しているのだろう。そう歓喜の声を上げるが当然だ。
俺のヴァーミリオンブラッドはそれ以上の価値がある。
その国宝がこんな所で無駄に垂れ流しになるなんて。
その重要度合いは献血すらもWHOによって禁止、保護されている程だ。
「美味そう……」
その瞬間、俺の傷口に舌の感触が伝わった。
「ウッ!」
背筋を走り抜ける、痺れるような感触に思わず呻いてしまう。
本気だ。こいつは本気で吸血しているのだ。
傷口から最後の一滴まで吸い尽くそうと――
「なんて美味しいの!」
傷口から舌を放した女は、世界三大美味すらも及ばない味わいに、歓喜の絶頂を迎えている。
当たり前だ。お前が口にしたのは、この世で最も美味なるものだぞ。
フカヒレスープすら残飯だ、この吸血鬼め。
「もっと……」
あ? 何を寝惚けた事を――
「もっとよ!」
思う間も無く、再度針を突き立てて来た。
今度は六つに割れた芸術の腹部にだ。
「――ンンンッ!!」
もはや遠慮は微塵も無い。
刺しては抜き、そして吸い尽くし――
“プスリ”
「ンッ!」
“プスリ”
「ォゴッ!!」
幾度となく繰り返される痛みと、それと同時に訪れる、吸い出される事による不思議な感触に、俺はある種の昂りを覚えていた。
嘘だろ……何で?
“ナンデコンナトキニ?”
「あらあら?」
刺しては吸う事に夢中になっていた女も気付いた。
俺の異変に――。