テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「そんな風に見えたか?」
「はい、なんか空気感がそんな感じというか」
それは何年も一緒に暮らしていたからだとは言えず、どうしたものかと思っていると、今度はクリスがチェスターに問い返した。
「僕は君とジンジャーもそんな雰囲気に見えたが?」
「えっ、いや、俺たちはそんなんじゃないというか、まだこれからというか……」
「ちょっとチェスター、何言ってるの!?」
「え〜! チェスター先輩とジンジャー先輩ってそういう感じだったんですか〜!?」
「先輩、話聞かせてくださいよぉ」
お酒が入っているせいもあり、思わぬ両片想いカップルの発覚に皆が沸き立つ。
そのまましばらくチェスターとジンジャーの話題で賑わい、その後はそれぞれの趣味の話や仕事の苦労話で盛り上がっていい時間になった頃、親睦会はお開きとなった。
(クリスがうまく誤魔化してくれてよかった……)
座席に忘れ物が残っていないか確認しながら、ルシンダがほっと胸を撫で下ろす。
ジンジャーとチェスターのことに話が移ってくれたおかげで、クリスとの関係を深く追及されずに済んだ。
(それにしても、ジンジャー先輩とチェスター先輩がいい雰囲気だったなんて全然気がつかなかったな)
やっぱり自分はそういうことに疎いのかもしれないと思っていると、背後からクリスの声がした。
「ルシンダは馬車が迎えに来るのか?」
「いえ、歩いて酔いを覚まして帰ろうと思っていたので」
「一人で帰るつもりだったのか? それなら、僕が送ろう」
「あ、ありがとうございます……」
そうして、魔力灯に照らされた夜道をクリスと並んで歩く。
懇親会では、クリスは結構お酒を飲んでいたように思うが、少しも酔っている様子がない。けれど、ほろ酔いのルシンダの歩幅に合わせて、ゆっくりと歩いてくれている。
「──ルシンダは、僕が帰って嬉しかったか?」
「そんなの、嬉しいに決まってます。ずっと、待ってたんですよ」
「……そうか」
クリスがほっとしたように微笑む。
「クリス……隊長は召喚術を学びたくてロア王国へ行ったんですね。召喚術はロア王国が一番進んでいますから。でも、それならそうと言ってくれてもよかったのに……」
「黙っていてすまなかった。召喚術は精霊との契約で命の危険もあるから、ルシンダを心配させたくなかったんだ」
そう言われてしまうと、拗ねるわけにもいかない。
ずっと足下を向いていた顔を上げ、クリスのほうを向くと、こちらを穏やかに見つめる綺麗な水色の瞳と目が合った。
「それからルシンダ。二人のときは『隊長』ではなく、名前で呼んでほしい」
クリスの甘く響く低い声に、思わずどきりとしてしまう。
再会したときから思っていたが、クリスとは一歳しか違わないはずなのに、やけに大人っぽく見える。ユージーンよりも年上のように思えてしまうくらいだ。
「ご、ごめんなさい。クリス、があまりにも大人びて見えたので、呼び捨てにしたらいけないような気がして……」
そう言い訳すると、クリスはなぜか落ち込んだように眉を下げた。
「契約した精霊に頼んで、時間の流れが変わる場所で召喚術と魔術の研究をしていたんだ。人間界では一年しか経っていなかったが、たぶん五年分は過ごしたから見た目に変化が出てしまったかもしれない。……嫌だろうか?」
クリスの悲しそうな眼差しに、ルシンダは勢いよく左右に首を振る。
「そんな、嫌だなんてことないです!」
「よかった……」
クリスは心底安堵したように溜め息をつくと、柔らかく目を細めた。
「……僕もルシンダを見て驚いた。ずいぶん大人っぽくなったな」
「そ、そうですか?」
「ああ、とても綺麗になった」
真っ直ぐな褒め言葉に、ルシンダの頬が熱くなる。
そんな顔を見られたくなくて、ルシンダはまた視線を足下に移して話を逸らした。
「で、でもどうして召喚術師になったんですか?」
元々は外交の仕事を目指していたはずが、文官にはならないと言ってロア王国へ行き、召喚術師になって帰ってきた。
一体、何がきっかけで、こんなにも進路が変わってしまったのだろう。
不思議に思うルシンダに、クリスがなんでもないことのように答えた。
「ルシンダは魔術師になって冒険がしたいと言っていただろう? その夢は応援したかったが、心配でもあった。だから、すぐそばで守れるようになりたかったんだ」
「私の、ため……?」
「そうだ。……ああ、ちょうど公爵邸に着いたな」
そう言われて、もう屋敷に到着してしまったことに気づく。
「ではまた明日、魔術師棟で」
クリスが昔のように、ぽんと優しく頭を撫でてくれた。
「……はい、また明日」
顔だけでなく、胸の中まで熱くなって落ち着かないのは、お酒のせいだろうか。それとも……。
クリスと別れた後、ルシンダはすぐ屋敷の中に入る気になれず、庭園でもう少し風に当たることにしたのだった。