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僕は今年高校2年生になった。
|加藤 朝陽《かとう あさひ》。17歳。
そして、僕には5歳上の恋人がいる。
それは、幼馴染で大学生の|沖田《おきた》 |岬《みさき》くん。
この事実が、未だに信じられないくらい僕の日常はきらきらと輝いている。
まさか、岬くんと、こんな関係になれるなんて。
夢みたいだ、と毎日思っている。
「このケーキ、朝陽くんも一口食べてみる?」
ふたりきりのカフェで並んで座って、岬くんが僕の方に顔を向けて、にこりと微笑んだ。
その手には、一口分に切り分けられた苺のショートケーキが乗ったスプーン。
「い、いいの……?」
思わず、声が上ずってしまう。
今日は何気に初めてのデートで、とても緊張していた。
「もちろん。ほら、あーん」
そう言って、岬くんはスプーンを僕の唇の前に差し出してくれて
真正面から“あーん”なんてされたら、恥ずかしすぎて顔が燃えそうになる。
心臓がドクドクと音を立てて、耳まで熱くなるのが分かった。
周りに誰もいない、僕たちだけの空間なのに、どうしてこんなに緊張するんだろう。
恐る恐る口を開けてスプーンを受け入れると
甘酸っぱい苺と、ふんわりとしたクリームの優しい甘さが口いっぱいに広がった。
「おいしい?」
僕の反応をじっと見つめる岬くんの瞳が、優しく細められる。
「……うん…っ」
小さく頷くことしかできない。
こんなに美味しいのに、言葉が出てこないなんて。
「朝陽くんの照れてるところ、かわいい」
そうやって目を優しく細めて笑うから、また心臓がトクンと跳ねる。
可愛いなんて、そんなこと。
「かっ、かわ…いくない、よ。」
必死に否定するけれど、声は震えてしまっていた。
「そーいう謙遜も可愛いけどね」
「…っ、みさきくんも食べなよ…ずっと見られてると…っ、食べずらいよ…」
もう、これ以上見つめられたら、本当に溶けてしまいそうだ。
顔を伏せて、なんとかそう絞り出した。
「ふふっ、ごめんごめん」
岬くんは楽しそうに笑って、自分の分のケーキを食べ始めた。
僕の恋人――沖田岬くん。
中学のころからの仲で、僕にとっては憧れのような存在だった。
岬くんは中学のころからチャラめで、大学に入ってからもその調子で友達がすぐ出来たようだ。
いつも周りに人がいて、太陽みたいに明るくて
誰に対しても分け隔てなく優しい。
そんな彼が、まさか僕と恋人になってくれるなんて、本当に奇跡だと思っている。
軽薄そうに見えて、岬くんが優しい人なのはよく分かっている。
それは、僕が抱えている「パニック発作」のことも、すべて受け入れてくれているからだ。
一人の時に動悸が来て、息苦しくて
「発作、きて、声聞きたい」なんて、自分でも我儘だと分かっているお願いをLINEでしても
岬くんは一度も嫌な顔をせず、快く電話に出てくれる。
いつも優しい声で僕を落ち着かせてくれるんだ。
高校帰りに偶然会って、一緒に帰るときに
体調を崩してしまっても、岬くんは不機嫌になったりもせず
すぐにコンビニで水を買ってきてくれたり、タクシーを呼んで背中を摩ってくれながら
嘔吐用の袋まで用意してくれたりする。
運転手さんにも岬くんにも、迷惑をかけてしまう罪悪感でいっぱいになるのに
岬くんはいつも
「パニックなんていつくるか分からないんだし、自分のこと責めなくていいからね」
なんて笑って言ってくれる。
その言葉を聞くたびに、どれだけ心が救われるか分からない。
こんな素敵な人と……恋人、なんだ。
それを噛みしめるだけで、どうしようもなく胸がいっぱいになる。
信じられないくらい、幸せだ。
そんな岬くんが好きで、堪らない。
岬くんとの時間はいつどんなときもすごく幸せで
ずっとこんな時間が続けばいいなんて、柄にもなく願ってしまう。
カフェを出た帰り道、夕方の街をふたりで並んで歩く。
オレンジ色に染まる空の下、隣を歩く岬くんの横顔を見上げる。
さっき食べたケーキの甘さが、まだ唇に残ってる気がした。
その甘さが、今の僕の気持ちを表しているようだった。
そんな時だった
ふいに、僕の右手にぬくもりが重なった。
岬くんの指が、僕の指のあいだに、ゆっくり絡まる。
その瞬間、僕の体中に電気が走ったような衝撃が走った。
「……っ!」
肩が跳ねて、心臓がドクンと音を立てた。
まるで、この心臓が体から飛び出してしまいそうなほど、激しく脈打つ。
「……み、みさきくん……っ」
視線を泳がせたまま、声を震わせて言葉を紡ぐ。
こんなに近くで、こんな風に触れ合うのは初めてで、どうしたらいいか分からない。
「恋人繋ぎ…いやだった?」
「な、なんか、むず痒いっていうか……ま、まだ……恥ずかし、かも……っ」
正直な気持ちが、そのまま口から出てしまった。
顔が熱くて、俯いてしまう。
この程度で照れてる僕を、岬くんはどう思っているんだろう。
呆れていないだろうか。
うつむいてしまった僕の指を、岬くんはぎゅっと握ったまま、優しく笑う。
「ふふ、そっか」
その声は、僕の不安を打ち消すように優しくて、少しだけ安心した。
「じゃ、慣れるまでこっちにしよっか」
そう言って、岬くんは僕の手を優しく握り直すと、また歩き出した。
そんな優しさに甘えそうになる
こうして手を繋いでくれるだけでも、僕は十分すぎるくらい幸せだ。
僕はもう何も言えなくなってしまって
ただその横顔をそっと見つめることしか出来なかった。