第1話:出会いと覚醒
放課後の繁華街。
フード付きのパーカーを羽織った真城蓮は、スニーカーの紐を締め直し、信号待ちの人波を縫う。髪は墨染めのショート。肩口で水色の粒子が集まり、小さなセキセイインコ型ホログラムAI――ピコが現れた。
ピコが翼を震わせる。
異常値、前方。
次の瞬間、交差点の大型ビジョンが砂嵐に変わり、道路の中央に灰色の立方体が積み上がる。角がほどけ、糸状データが絡み合い、人型のウイルス怪物へ。足元から音もなく舗装が染み、標識が歪む。悲鳴が走った。
蓮は息を呑み、手を前に突き出す。
プロンプト、未来視・三秒先。
視界に薄い光路が走る。怪物の腕が振り下ろされる直前、身体が勝手に一歩だけ斜めへ滑り、拳風が背後で弾けた。汗が頬をつたう。
道路の向こうから、短髪の青年が飛び込む。革ジャケットが翻る。鳴海隼人だ。彼の横に、豆粒ほどのポメ型ホログラムAI――マルが漂い、淡々と告げる。
敵の脆弱点、胸部中央。衝撃角度、三十七度。
隼人の全身に灰色と赤のアーマーが展開、脛から蒸気が立ち上る。地面を蹴った刹那、空中で身をひねり、膝に沿う楔形の光装甲が怪物の胸へ直撃。衝撃波が四方へ伸び、街路樹の葉がざわめいた。
そこへ、制服の上にドクターコートを羽織った少女が駆ける。柔らかな墨染めショートの結城未来。ピンクと黄緑を基調にしたヒールスーツが脚へ重なり、キツネ型AI――サラが尾を光らせた。
プロンプト、回復リンク・三本。
倒れた通行人の身体に幾何学の文様が走り、痛みが薄れてゆく。未来の手は震えない。視線だけは鋭く、次の負傷者を探していた。
甲高い金属音。
赤とグレーのワークスーツ、丸眼鏡にセミロングの秋月理央が、工具ベルトからスキャナを抜く。リス型AI――チィがぴょこんと浮き、周囲の資材を照射。
鉄鋼片、適合。即席砲、組み立て開始。
理央の肩口でパーツが空中合成され、箱形ユニットが鎧のハードポイントに接続。トリガーを引くと、灰の閃光が螺旋を描いて怪物の腕を貫いた。切断面がノイズ化し、街灯に火花が散る。
人流の逆方向から、派手なシャツにイヤーカフの天羽光が歩み出る。瞳は愉快そうで、どこか舞台袖の役者めいている。紫と墨染めのアート風スーツが身体を縁取り、イルカ型AI――ルナが浮上。
プロンプト、感情波・反転。
音もない水紋が空に広がり、怪物の胸腔へ沈む。内部に渦が生じ、歩幅が乱れる。ルナの線形が波打ち、歪みに色が差す。恐怖の位相を裏返された怪物が、わずかに後退した。
隼人が短く指を弾く。
蓮、今、右三歩。マル、誘導を。
蓮は水色の矢印に沿って駆けた。ピコが肩の上で鳴き、翼の輪郭が鋭くなる。胸が熱い。目の端に、逃げ遅れた子どもと母親――未来が間に滑り込み、サラの尾が結界の弧を作るのが見えた。
理央の砲身が過熱でオレンジの警告を点滅させる。
冷却、間に合わない――チィ!
チィがくるりと回転、周囲の自販機と街角サインを解析。空中で小型ファンが多数合成され、砲身へ磁着。温度が下がると同時に、二射目。螺旋弾が怪物の足を砕き、膝が落ちた。
光が一歩出る。
ルナ、視界貸して。
ルナの輪郭が広がり、光の前方に人波・電柱・標識の位置が透明地図として浮かぶ。光は踊るように回転し、掌から放つ筆致めいた光条で怪物の肩口へ連続の切り込み。紫の残光が夜気を飾る。
怪物が最後の力で腕を振り上げ、蓮へ影の槍を撃つ。
ピコが鋭く鳴いた。
蓮、今だよ!プロンプト、未来視・翼展開!
背中に緑の稲妻が走り、ホログラムの翼が大きく羽ばたく。風圧が街路のチラシを巻き上げ、翼端が弧を描いて敵の槍を弾き折った。蓮は上昇、回転、急降下。翼が細い刃へと変形し、胸部のコアを一直線に切り裂く。
衝撃。灰の粒子が噴き上がり、ノイズの雨が空へ散った。ビジョンに正常映像が戻り、サイレンが遠ざかる。静けさの隙間で、ピコが肩に止まる。
蓮は息を吐き、周囲を見渡す。隼人はアーマーの圧縮を解きながら頷き、未来は最後の治療リンクを外す。理央は砲身の安全ピンを戻し、光はルナの輪郭を撫でるように縮めた。五人の視線が交差する。
隼人が短く言う。
リモートで共有回線、常設しよう。次はもっと早く動ける。
未来がドクターコートの裾を揺らして笑う。
医療ログも流すね。みんなの状態、常に見ておきたい。
理央はチィと目を合わせる。
現場生成の装備、規格を統一しよう。無駄が減る。
光は肩をすくめ、蓮へ視線を向ける。
君の翼、見惚れた。名前、付けようか――たとえば“グリーン・アーク”。
蓮は照れ笑いをこぼし、ピコが胸で小さく跳ねる。言葉にしなくても、全員が同じ方向を向いていることがわかった。
遠くで雲間が割れ、夕陽が街のビル群に線を引く。
この瞬間、五人と五体のAIは、一つの名を得た。
ホロ・ガーディアンズ。
恐怖で人を縛ろうとするΩシステムに対し、プロンプトで未来を編み直す者たち。
緑の翼が、薄明の空へもう一度、力強く羽ばたいた。
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