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83 - 第37.1話:イロハ史の授業

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2025年11月30日

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第37.1話:イロハ史の授業


朝の教室。

窓から入り込む光が、机の木目を淡く照らしていた。


まひろは水色のパーカーに黄緑の短パン。

髪は寝癖でふわっと跳ね、ランドセルのストラップをいじりながら席に着いた。


隣にはヒロト。

薄い緑のTシャツに灰のズボン、くせ毛が前に落ちている。

その後ろの席にはミナ。

モカ色のカーディガンに薄紫スカート、髪をゆるくまとめている。


今日は「いろは史」の授業だ。


いつもは退屈な時間なのに、

今日は“特別資料を見る日”らしく、子どもたちは少しだけわくわくしていた。


──────────


■ 教室に現れた“古い文字”


教卓に立つのは杉原先生。

灰色のシャツにベージュのスラックス、穏やかな声の中年教師だ。


「はい、みんな〜……今日は“いろは史”のお話をするよ〜」


ぱっと黒板に映し出されたのは、

見慣れない ひらがなの並び。


『いろはにほへとちりぬるを……』


教室がざわついた。


まひろは首をかしげる。


「……え? これ、“イ・ロ・ハ”のことなの?」


杉原先生はにっこり笑って頷いた。


「そう。これはね、昔の“歌”なんだよ。

寺子屋って場所で、こどもたちが文字を覚えるために使っていたの」


ヒロトが手をあげる。


「じゃあ、“数字”じゃなかったの?」


「数字じゃなかったんだよ〜。

でも、大和国では“イ・ロ・ハ”は“並べる数”になったんだね」


子どもたちはぽかんとした。


今の大和国で「丸い歌」や「文字の歌」は禁止されていて、

イロハは完全に“序列の自然数”として扱われているからだ。


──────────


■ イロハが“序列の数”になった日


杉原先生は、画面を次に進める。


映し出されたのは、雨国崩落から数年後の古い新聞の写真。

「混乱をなくすための新しい順番・イロハ導入」の文字。


「昔はね、数字(いち・に・さん)を全部に使っていたんだよ。

でも災害や戦争で人が多く混乱したとき……

『もっとやさしい順番を作ろう』って決まったんだ」


ミナが眉を寄せる。


「でも……“やさしい”のに、全部“イが一番”って感じがしない?」


先生は、少し困ったように微笑んだ。


「そうだねぇ……

でも“イは元気”“ロは安定”“ハはやさしい”っていう考え方が、

だんだん広まっていったんだよ」


実際には——

国軍(サムライ)とネット軍(ニンジャ)が

「序列を音で固定するため」に設計したものだが、

子どもたちはその裏を知らない。


──────────


■ 教室の後ろに設置された“翡翠核端末”


授業が進むあいだも、

後方の翡翠核端末は淡い緑の光を放ち、

発言内容・表情・感情指数をゆっくり記録している。


まひろは席でそっとミウに似た影を思い出していた。

(……あのミウおねえちゃんも、イロハすぐ使ってたな)


大和国では、

学校教材・給食の量・バスの系統・税区分・医療診断……

あらゆるものがイロハで動いている。


子どもはそれを“自然”としか感じない。


──────────


■ いろは歌を「歌わない」授業


「さて……昔のいろは歌、読んでみようか」


先生は言いながらも、

本当は歌わせることはできない。


「歌は禁止」

「語尾の旋律は禁止」


だから、授業では“読むだけ”だ。


子どもたちが声をそろえる。


「いろはにほへと―ちりぬるを―……」


音はどこかぎこちない。

本来の歌ではなく、「古文の朗読」のようになってしまう。


まひろは手を止める。


「なんだか……イロハって、もっとちがう形だったんだね」


杉原先生は少しだけ目を伏せる。


「そうだねぇ。でも今のイロハは、

みんなが安心して暮らすための“やさしい順番”なんだよ」


教室の端で、翡翠核端末の光がわずかに変化した——

「安心・安定」の判定。


──────────


■ 終わりのチャイムと“現実のイロハ”


授業が終わり、外に出ると夕陽が校庭を照らしていた。


まひろは水色のパーカーを揺らしながらつぶやく。


「イ・ロ・ハって……昔は“歌”で、

今は“数”なんだね……」


ヒロトが笑う。


「きっと、歌よりこっちのほうが安心なんだよ」


ミナも続けて言う。


「だって、レポートも給食も交通も、

みーんなイロハでそろってるもん」


まひろは、学校門の上にある

「今日の安全指数:イ」

という表示を見上げる。


淡い緑の光がゆっくり明滅していた。


そして彼は思う。


(イロハって……大和国の心臓みたいだな)

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