コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ビルのロビーを抜け、エレベーターに乗る。運良く二人きりだったので「神楽井先輩。あの……唇は、痛くないですか?」と訊いてみた。「唇?……あぁ」と言って先輩が口元を指で拭う。もう血は止まっているみたいだが、「まだ痛いって言ったら、舐めてくれるのか?」と私の背後の壁にドンッと両手をついて質問し返されてしまった。
(コレが、あの!壁ドンッ)
「もちろんですぅ♡」
瞳孔をハートマークにしながらそう返すと間髪入れずに唇を奪ってくれた。『職場恋愛』って感じがしてめっちゃ心臓がバクバクいっている。でも場所が場所だし、監視カメラもあるからか唇はすぐに離れてしまった。
それ以降はずっと黙ったままエレベーターを降りて職場に戻った。忘れているのか、先輩は私の手を掴んだままだ。
フレックスタイム制であり、残業を良しとしない方針だからか月曜日の社内にはもう人もまばらだ。残っている数人の社員達がこちらを見ているけど、神楽井先輩は気にしていないっぽい。ほぼほぼ常に被っているフードのせいで視線が遮られて気が付いていないだけかもだけど。
手を繋いだまま先輩の席まで到着すると、座る様に指示された。『いつも先輩が座っている席!』だというだけでめっちゃドキドキする。神楽井先輩のお膝に座るみたいで鼻粘膜が限界突破しそうになるくらいに嬉しい。
「怪我は無いか?」
目の前で膝をつき、心配そうに訊いてくる。こちらとしては唇が赤いままな先輩の方が気になるのだが、箇所が箇所なだけに何も出来なくってちょっと歯痒い。
「大丈夫です。この体は先輩の『モノ』なんで不用意に触らせたりもしていませんよ」
ガッツポーズでもとるみたいな仕草をすると、「オレのモノって」とこぼしながら口元を隠した。そんな先輩の耳元に顔を近づけ、「……だって、私は先輩の『オナホ』ですから♡」といつものお返しみたいに甘く囁いてみた。ビクッと肩を跳ねさせて後ろに下がっちゃうかなぁと思っていたのに、神楽井先輩は意外にも私の方にぐっと自分から近づき、耳元でこう囁き返してきた。
「なら、今夜もたっぷり使わせてもらうな」
予想に反した行動だったせいもあってか、こっちがビクッと体を跳ねさせてしまった。下っ腹の奥がキュンキュンいって、早く挿れてと訴えている感じがする。下着や太腿まで少ししっとりしてきた気がするから、もう期待だけで奥から愛液が溢れ出ているかもしれない。
口元を震わせ、雑に呼吸をし始めた私の頬をそっと撫でて、神楽井先輩が「……明智は、強いんだな」と言った。
「え?あ、あぁぁ……。いや、その、先輩以外には触って欲しくないんで、自衛手段は身につけているから、つい……」
体の状態を隠すみたいに、無理に苦笑いを浮かべる私に対し、先輩が「偉いな」と頭を撫でてくれる。待って、そんなんされたら甘イキしちゃいそうなんですけど。
(でも、どうしたんだろう?就業中の様子と全然違いませんか?)
今日はずっと視線が合うだけでおっかなびっくり、腫れ物に触れるみたいな雰囲気だったのに、今はめちゃくちゃ甘々だ。そんな空気を読んだのか、先輩越しに見える社員さん達がニコニコと『頑張って!』的な笑顔を浮かべながら手を振って次々に帰って行く。『あ、あ、あ、あぁぁ』と心の中は申し訳なさで一杯だ。
「……あの、その、『オナホ』だなんて言って、ごめん。その……あの時はもう、テンパちゃってて、状況も状況だしで、襲ったのはオレだし、今更何言っても届かないと思って、なら脅してでもモノにしておきたくって。——でも、あの、『一生添い遂げる相手じゃないとやらん』って話していたのって本当、なの、か?」
メカクレの奥に潜む先輩の瞳がうるうるとしている。子犬みたいで可愛くって、今度こそマジで鼻血出るって、もう!
「本当です。絶対にエッチしたくない相手だったら、あの場で足技掛けてでも抵抗していましたから」
まぁメタクソ重たい愛情ありきなら『強引エッチはむしろご褒美』ってタイプなんで万が一にもなかったでしょうけど。それに、相手が二年間片想いしていた神楽井先輩でしたしね。
「そ、そっか……。マジで、やれそうだな、明智なら……」
ちょっと怯えた様子で言われたって事は、コレって絶対に褒めてはいませんよね。『明日は我が身か?』って思っちゃいませんか?やりませんよ?浮気さえしなければ。
「……て事は、その、オレでもいいのかな。オレが、明智の事、貰ってもいいって思っていて、いいのか?」
「え?思ってなかったら、むしろキレますが?」
スンと冷めた声で返してしまった。『もちろんです♡』って可愛く言うべきだったと今更気が付いてももう遅いっ。
「……やべ、勃ってきた……」と小さく呟き、先輩が俯く。
わからんが、むしろツボだったみたいで嬉しいです。
「神楽井先輩」
「ん?」
「実は私、入社式の時からずっと神楽井先輩に片想いしていました!人生初の一目惚れってやつです!」
「……お、オレなんか、に?」
「だって先輩、クマさんみたいで頭一つ抜きん出て大きくって、その体躯で押し潰されたら呼吸が苦しくってむしろ気持ちぃ——じゃ、じゃなくっ!えっと、アレだ!可愛いなぁって♡」
(くっ!勢い余って本心が出ちまった!)
「……へぇ。呼吸が苦しくなる程、オレに押し潰されたいんだ?」
スイッチでも入ったみたいに先輩が滑らかに喋る。いやぁ、でも、あんなんでは誤魔化せなんかしませんよねぇ。
「背後から押し潰されて、無理矢理奥まで突いて、子宮んナカがたっぷたぷのどろっどろになるまで犯されたいとか、んな事ずっと考えながら仕事してたのか?」
「していた気がしてきます!」
どうしてこんなに先輩は私の性癖のど真ん中を突いてくるんだろうか。理想的過ぎて最早怖いレベルだ。
「じゃあもう、オレの嫁になるしかないな」
「なります、なりたいです!」
先輩の手を取り、色素が薄くて綺麗な瞳をしっかり見て宣言した。
「……一生離してやれないけど、それでもいいのか?」
「むしろ本望ですよ」
間髪入れすにそう答えると、神楽井先輩が唇を重ねてきた。甘く、優しく、羽が触れる程度の軽いものだ。
「誓いの口付けなら、この程度の方がお似合いだよな」
「うぐっ」
胸を射抜かれたみたいに苦しい。焦らされもしていて体が切ないくらいだ。こんなふうにずっととろ火で炙られるとマジでキツイ。
「もう、今すぐにでも帰ろうと思うけど、歩けそうか?」
「は、はい。大丈夫です」
支えてもらいながら椅子から立ち上がると、また耳元まで先輩が顔を近づけてきた。
「……オレも、二年前からずっと、明智の事を愛しているよ」
あわわぁぁぁ。囁く様に贈ってくれたその言葉のせいで、私はもうこの先、この職場に来る度に身悶えする羽目になりそうだ。
【完結】