夜が深く沈むたび、真白は同じ夢を見る。
白い霧の中に浮かぶ庭――光の粒が舞い、花々が音もなく開いていく。どこからか流れる風の音は、言葉のように耳を撫でる。
そこに、いつも彼が立っている。
金色の髪が光を集め、青のようでも金のようでもない瞳がこちらを見つめていた。名を呼ぼうと唇が動くが、声は出ない。
代わりに、彼のほうが静かに口を開く。
「……また会おう」
その言葉が届くたび、胸の奥がひどく痛んだ。理由もなく涙が溢れそうになる。
けれど次の瞬間、世界がゆっくりと崩れはじめる。花びらが散り、風が止み、色が褪せていく。
そして――名を呼ばれそうになる直前、目が覚めるのだ。
真白は息を詰めたまま、天井を見上げた。
窓の外にはまだ夜が残り、冷たい月明かりがカーテンの隙間から差し込んでいる。
時計は午前四時。夢の名残が、胸の奥でまだ熱を持っていた。
――あの人は、誰だろう。
何度も見ているのに、思い出せない。顔も声も鮮明なのに、「現実には存在しない」感覚が強い。
まるで、心の奥に刻まれた“記憶”だけが残っているような、不思議な感覚だった。
ベッドの脇に置いたスケッチブックを開く。
気づけば、そこにはまた彼の姿が描かれていた。
薄い線で、迷いながらも確かに形をなす輪郭。流れる髪、穏やかな微笑。
「知らないはずの誰か」を、どうして自分はこんなにも描き続けているのだろう。
――夢なんて、ただの偶然。
そう言い聞かせて、真白は静かにページを閉じた。
それでも、心のどこかで思ってしまう。
もし、あれが夢ではなく「思い出」だとしたら。
もし、あの言葉が約束の続きを呼んでいるのだとしたら――。
遠くで始発の音が鳴る。
現実の音が、夢の余韻を溶かしていく。
真白は立ち上がり、鏡に映る自分を見た。どこか疲れた顔の中に、見知らぬ誰かの影を探すように。
そして小さく、口の中でつぶやいた。
「また会おう、か……」
その響きだけが、胸の奥で何度も反響した。
まるで“魂”が、それを覚えているかのように。
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