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蝶舞(かれん)@常にスランプ
#女主人公
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カイルは、この絶望的な包囲戦を
あきらめず、戦術的勝利を積み重ねていった。
連合軍は圧倒的な兵力差で迫るも、
決め手を欠いていた。
「勝っている、うちにだ」
カイルは、ライプラル撤退を決断する。
運命は、彼をあざ笑った。
勝利のはずだった。
だが――退路を遮断するはずの橋が落ちた。
誰が命じたのか。
何が起きたのか。
その場にいた誰にも、分からなかった。
味方の一部が取り残され、
悲鳴が夜に溶けていく。
カイルは振り返らなかった。
「進め」
それでも彼は勝った。
だが、その日――
軍団はもう、元の姿ではなかった。
サイラスはライプラルの悲劇の報を聞くと
あの軍は、まだ勝てる。
だが――
もう“持たない”。
そう感じざるを得なかった
同じ頃――
大陸の南、スパルーニャ地方では、
「レイナ・スカーレットが戻ってきた」
という噂が静かに広がっていた。
南で起こった革命と独立戦争は、
略奪と報復を呼び、
民を巻き込んだ終わりなき争いとなっていた。
そこへ現れたのは、外国の王、そして占領軍。
安定など、どこにもなかった。
その混乱の中で、レイナは動いていた。
ムラサキからもたらされる情報をもとに、
スパルーニャに駐屯するカイルの部隊を――
襲い、消す。
ひとつ、またひとつと。
カイルは、信頼する将軍スカールを派遣した。
だが、状況はついに好転しなかった。
――
かつてのスカーレット王宮。
その扉を、レイナは静かに踏み越えた。
玉座の前に立つ男は、顔面を蒼白にしていた。
それでも、最後の矜持をかき集めるように言う。
「……私は、スパルーニャ議会によって正式に選ばれた国王だ」
「新しい時代の王だ」
「古きスカーレットの女王など――この国には不要だ」
王冠を抱くが、
その目に民も国もなかった。
あるのは、今この場を生き延びたいという怯えだけだった。
レイナは、静かに言い放つ。
「王は、制度ではなく――覚悟である」
レイナは、わずかに首を傾げる。
「妾は“議会”というものを知らぬ」
一歩、歩み寄る。
「だが――それが民に不幸をもたらすものならば」
「なぜ、存在する」
男は言葉を失った。
レイナは、静かに言い放つ。
「お主も王ならば」
「せめて、王らしく死ぬがよい」
次の瞬間、刃が振るわれた。
一閃。
ホルン王は、言葉を残すこともなく、崩れ落ちた。
――
その後、レイナ側近のサクラは全土に部族会議を招集し、
スカーレット王国の復興をレイナに進言した。
だが、レイナは首を振る。
「皆で決めるがよい」
静かに、吐き捨てるように。
部族会議は延々とまとまることのない
議論を繰り返していた
「……なるほど」
「新しい時代というものは、どうしても混乱がつきまとうものか」
議論の果てのない空転に、疲労の色をにじませるサクラを見て、
レイナは「そんなことよりも」と、
戦地で出会ったひとりの少女の話をした。
その日
レイナは黙って、外を見ていた。
窓の向こう――
ひとりの少女が、朝から変わらぬ手つきで洗濯をしている。
水に浸し、叩き、絞り、干す。
それを、ただ繰り返していた。
「女王様、何をそんなにご覧になっているのですか」
エレンは覗き込むように尋ねる
「あの者じゃ」
レイナは目を細める。
「なぜ、ああも飽かず洗濯をしておる」
「さあ……ここにいる以上、治療師のはずですが」
「呼べ。……いや、よい」
レイナは静かに立ち上がった。
「邪魔をしては悪い。こちらから行こう」
少女は、手を止めなかった。
女王が近づいても、ただ一瞬だけ顔を上げて、また水に向き直る。
「そちは、なぜ一日中洗濯をしておる」
「ここは、傷を治す場であろう」
「あっ……はい、女王陛下」
少女は軽く頭を下げると、
また布を水に沈めた。
レイナは言う。
「よい。そのまま続けよ」
水音だけが、しばし響く。
やがて少女は、ぽつりと答えた。
「きれいなシーツで寝ると、患者さんの治りが早いんです」
「包帯も、洗っておかないと……」
「傷には薬を使うのではないのか?」
少女は、少しだけ考えるようにしてから言った。
「人は……怪我で死ぬんじゃなくて」
「そのあと、病気になって死ぬことが多いんです」
「……病気?」
「はい。だから――」
少女は、濡れた布を強く絞る。
「まず、きれいにすることが大事なんです」
レイナは、しばらく黙っていた。
やがて、ふっと笑う。
「面白いのう」
「名は、なんと申す」
少女は、ようやく手を止めて答えた。
「フローレンス、と申します」
レイナは、再び外を見た。
干された白布が、風に揺れている。
「……あの者も」
静かに呟く。
「新しい時代を、のぞいておるのかもしれんのう」
余談ではあるが
スカーレット女王レイナ・スカーレットは、
カイル戦争の後――
その時の少女フローレンスとともに、
その生涯の後半をともに過ごしていく
王としてではなく、
ひとりの人間として。
それが、彼女なりの
“新しい時代の生き方”であったのだろう。
――サイラスの手記は、そう結んでいる。
サクラは悟っていた。
レイナはなお強い。
だが、その強さだけでは、新しい国はまとまらない。
部族と議会と王権を、どう折り合わせるか。
(この人もカルド王のことをとやかく言えないのではないか)
と思いながら
だが同時に、彼女は理解していた。
この女王が剣を収めるとき、
ようやくこの国にも、新しい時代は訪れるのだと。
王がすべてを決めるのではない。
だが、王が何も背負わぬのでもない。
サクラは、立憲君主制への道を模索した
最終的にレイナは了承し
スパルーニャ独立戦争は終結に向かおうとしていた
エスカリオ商王国もまた、傭兵部隊をグラツィア西部へ派兵した。
さらにスパルーニャ王国からは、レイナ女王自ら率いる騎兵隊が侵攻を開始する。
こうしてグラツィアは、北・南・西の三方から軍事的圧迫を受けることとなった。
カイルはライプラルを放棄し、首都グラツィアルへ帰還した。
新兵ばかり五千の騎兵を急ぎ再編すると、以後七日間で五度の戦役にすべて勝利した。
首都に迫る三方の軍を、電撃のごとく各個撃破していく。
カイルの軍事的才覚は、いささかも衰えてはいなかった。
グラツィアへ戻ったサイラスは、カルデル城のカスティーユ公から呼び出しを受けた。
グラツィアの政治家、カレーランが来訪するので同席してほしいという。
サイラスは露骨に顔をしかめた。
「……あの妖怪じじい、何を企んでいる」
王弟が来るまでの間、サイラスは先にカレーランと対面した。
老人はいつものように、何を考えているのか分からぬ笑みをたたえていた。
サイラスは低く言った。
「戦場での裏切り者の末路なら、嫌というほど見てきました」
「ですが、あなたから感じるのは、それとは少し違う」
カレーランはわずかに眉を上げた。
「裏切り、ですかな」
「私にはどうにも縁遠い言葉ですな」
「私は職務として、弁護士にも検察官にもなれます」
「しかし、その立場が相反するからといって、誰もそれを裏切りとは呼びますまい」
そのとき、扉が開き、王弟カスティーユ公が部屋へ入ってきた。
サイラスはその表情を見て、嫌な予感が確信に変わるのを覚えた。
カレーランが言った。
「サイラス殿、カスティーユ公には国王になっていただく」
「異存はあるまいな」
「!」
サイラスは王弟を見た。
王弟は黙したままだった。
だが、その沈黙は、すでに事前にすべてを聞かされている者のものだった。
「カイルを見捨てるのか?」
カレーランが肩をすくめる。
「またその話をなさる」
「見捨てる、裏切る……戦場の人間は、どうにも言葉が大仰ですな」
老人は杖の先で、卓上の地図の王都を軽く叩いた。
「いまやグラツィアルは無防備同然」
「たとえカイルが王都周辺でいかに勝ち続けようとも、王都そのものが陥落すれば…」
「その瞬間、カイルの政治的指導者としての地位は消える」
サイラスは苦々しく吐き捨てた。
「つまり、戦場の勝敗などどうでもいいと」
「いいえ、重要ですとも」
カレーランは薄く笑った。
「ただし、最後に国を決めるのは、剣ではなく王冠だというだけのこと」
老人は椅子に深く腰をかけた。
「ここから先は儂の仕事」
「戦争屋、どうか口を出されぬよう」
そして、目を細めた。
「さて――踊るのは、我か、彼か」
サイラスは、直感で悟った。
(……あのじじい、王都を売ったな)
悩んでいる暇はなかった。
王都へ急行すると、王ヨシュアと近衛隊に連絡を入れる。
まずは王の身柄を確保することが先決だった。
その足で、首都防衛の責任者マルモーのもとへ向かう。
サイラスは単刀直入に言った。
「連合軍は、カイルとの決戦を避け、ここを狙います」
「もう時間はありません」
マルモーは何も言わない。
「この街で戦えば、市民を巻き込みます」
「武装解除を――」
そこまで言いかけたとき、マルモーが目を閉じた。
長い沈黙。
やがて、低く、絞り出すように言った。
「……私はこの帝都の守備を任された軍人だ」
「本来なら、この街を盾にしてでも戦うべきなのだろう」
ゆっくりと目を開く。
「だが、それではこの国が死ぬ」
一拍。
「承知した」
「帝都は、明け渡す」
王都は剣で落ちたのではなく
情報で落ちた
連合軍の三大国は順にグラツィアルに入城した
ヴァンガルド帝国セヴェリウス皇帝入城の際は、市内に歓声が沸き上がった
戦争を終わらせ、大陸に平和をもたらした
偉大なる皇帝と
レイナ・スカーレット女王、カルド商王が翌日そろって入城した
人々は歓声を上げた。
戦争を終わらせた者たちを、英雄のように迎えた。
――その歓声が、誰に向けられたものかも知らずに。
1人の皇帝と3人の王が、ひとつの卓を囲んでいた。
セヴェリウス皇帝が口を開く。
「カイルはあれほどの才に恵まれながら戦争でしか
その才を使うことしかしなかった
惜しむべきだ
その才を平和に使うこともできたであろうに」
誰も否定しない。
レイナが静かに言う。
「私には革命というものが必要だったのかは
正直わからぬ、ただ、もう時代は後戻りできぬのではないかと」
一瞬の沈黙。
カルドが肩をすくめた。
「少なくとも、剣はもういらんだろうな
金が何よりも強い時代が来るかもしれん」
そのとき、ヨシュアが口を開いた。
「そうですね」
全員の視線が集まる。
「王だの領地だの国境だのと争う時代は終わりを告げるのかもしれませんね」
「我々は……何をもって王と呼ばれるのでしょうな」
静まり返る室内。
――誰も、口を開かなかった。
ただ一人、この場にいない男だけが、
いまも戦いの中にいた。
カイルは地図を見ていた。
「これよりグラツィアルへ向かう」
誰も答えない。
彼だけがまだ、戦争が続いている世界にいた。
多くの将軍を代表する形で
ネロが前に進んだ
「退位をするべきです」
「戦争は終わったのです」
カイルは一同全員を見た
「皆も同じ意見か?」
沈黙。
誰一人、目を逸らさなかった。
カイルは、ゆっくりと息を吐いた。
「……そうか」
ほんのわずか、笑ったようにも見えた。
「では、ここまでだ」
ともに戦場をかけ、過ごしてきた
部下たちが彼に反対意見を言ったことなど
今まで一度もなかった
「そうか」
とだけいい、用意された
退位宣言書に署名した
カイルは近衛兵を集め、別れの言葉を述べる
カイルは立ち上がった。
「我が近衛兵たちよ」
誰も動かない。
「私は20年にわたり、グラツィアの栄光のためにお前たちと共にあった」
わずかに笑う。
「不運な状況の中でも、お前たちは常に勇敢であった」
視線を一人一人に向ける。
「さらばだ、我が子らよ。お前たちを抱きしめたい」
一瞬、言葉が途切れる。
「……また会おう」
兵士たちは号泣したといわれている
ネロは涙をこらえ、その姿を目に焼き付けていた
ネロは膝をつきかけ、だが踏みとどまった。
その日、
カイルとすべての勝利を共にした
大陸最強の軍団は、静かに解散した。
裏切りは数えきれぬほどあった。
だが――
彼らだけは、最後までその隣に立ち続けた。
カレーランがどんな魔術を使ったのかは分からない。
だが結果だけを見れば、あまりにも見事だった。
――戦争は終わり、誰も責任を取らない。
グラツィアの戦後処理は最小の犠牲で済んだといえる
王政復古が宣言され、国境は革命以前に
戻るというものだった
カイルは書類上皇帝として
ヨルバ島の支配者となった
この辺はジョークのきいた見せしめだったと思う
ヨシュア王は退位して王弟カスティーユに王位を譲り
かねてから用意されていた湖畔の別荘に隠棲した
サイラスは職を辞し同行を決めている
戦争は終わった。
誰が勝ったのかを語る者は多い。
だが、どこで終わったのかを知る者は少ない。
それは戦場ではない。
王都でもない。
ただ一枚の書類と、
それに署名した一人の男の手の中で終わった。
そして――
そのことを最後まで理解していた者も、また一人だった。
かつて皇帝といわれた男と
軍師といわれた男が盤面に向かい合っている
「これでキングは裸になったよ」
カイルは自慢げに笑う
「あの時は何が起こっているかわからなかった」
サイラスは頭を掻く
「で、右はクイーンで開放」
サイラスはポーンを取り除く
「まったくふがいないものだ」
カイルは思い出したのか目をつむる
「で、チェックメイト」
「ふむ」
盤上には、もはや王も軍も残っていなかった。
「僕の辞書に不可能という文字はないが、
皇帝にチェスで勝ってはならないという
法律だけは作るのを忘れた」
カイルは負けを認めず、
そう言ってのけた
fin