そして、個展の初日を迎えた。
朔也と美宇はホテルで朝食を済ませ、すぐに会場へ向かった。
デパートの美術画廊の入口には、『オホーツクブルー ~宙(そら)~』の看板が掲げられていた。
朔也は、美宇と出会ってから新作のイメージがひらめいたと話していた。二人で見た流星群が心に残り、あの夜を表現してみようと思ったらしい。
さらに、個展のタイトルは、美宇の名前から連想される『美しい宇宙』から一文字を取ったと言った。
美宇にとって、それは何よりも嬉しいことだった。
会場に入ると、高梨亜子が朔也を待ち構えていた。
朔也は今日、美宇とアパレルスタッフの助言通り、無精髭を残していた。
普段、公の場では髭を剃ることが多いのだが、今回はあえて残したままにした。
亜子はいつもと違う朔也を見て、うっとりとした表情を浮かべ、少し上ずった声で言った。
「青野さん、お待ちしていました」
「高梨さん、いろいろと準備をありがとうございました」
「いえ、お誘いしたのは私ですから当然ですわ。あら? そちらは?」
朔也の後ろにいた美宇に気づき、亜子は少し眉をひそめた。
「工房に来られたときに会いましたよね? スタッフの七瀬です」
「ああ、あのときの……」
亜子の言葉は白々しく、美宇の存在が気に入らないのか、少し苛立っているようにも見えた。
そのとき、朔也が改めて言った。
「私事なんですが、実は彼女と婚約したんです」
「こ、婚約?」
「はい。つまり彼女はスタッフですが、僕のフィアンセでもあります。今後、そのつもりでお願いします」
亜子はショックを隠し切れず、言葉を失っていた。
しかし、慌てて取り繕うように口を開いた。
「そ、それは、おめでとうございます。まさかお二人がお付き合いされていたなんて、知りませんでしたわ」
プライドの高い亜子は、平静を装いながら言った。
そこへ、朔也がさらに続けた。
「僕もまさか、こんな急に結婚を意識するとは思ってませんでしたよ。でも、運命ってわからないものですね」
朔也が笑顔を浮かべながらチラッと美宇を見たので、彼女は「これ以上煽らないで」という視線を彼に向けた。
気の強い亜子を刺激したら何をされるか分からない。
そう思った美宇は、さりげなくその場を離れることにした。
「では、お茶の準備をしてきます」
「あ、僕も行くよ。じゃあ高梨さん、よろしくお願いします」
「は、はい……」
二人が給湯室へ向かうのを見つめながら、亜子は肩をがっくりと落とし、受付へ向かった。
開店と同時に、美術画廊には朔也のファンが次々と集まった。
個展の初日ということもあり、受付にはすぐに行列ができた。
朔也は入口で笑顔を浮かべ、来場者に挨拶をした。
若い女性ファンは、いつもよりワイルドな雰囲気の朔也に目を奪われ、うっとりとした表情で挨拶を交わす。
一方、年配の客たちは話題の新作を見ようと、我先にと真っ先に展示場所へ向かう。
新作の周りには、すぐに人だかりができた。
会場の中心に飾られた大皿を見た客たちは、一斉に声を上げた。
「こりゃ、素晴らしい!」
「これまでとは一味違いますね」
「『宇宙』を感じるなあ」
「いや~、斬新かつ芸術的だ!」
「ぜひ、我が家の床の間に飾りたいですな」
新作は、まずまずの高評価が得られたようだ。
朔也は自ら観衆の中に入り、新作に関する質問を次々と受けていた。
美宇はその様子を見ながら、陶芸家としての朔也の新たな一面を感じていた。
(やっぱり彼は一流の芸術家ね……)
笑顔で談笑する朔也を見つめながら、美宇は誇らしい気持ちで胸が満たされていた。
その後、展示作品の購入申し込みが次々と入り、美宇は『売約済』の札を貼る作業に追われた。
その勢いに美宇は驚いていた。
朔也の作品のファンには上客が多く、高額な作品から次々と売れていった。
一方、美宇と同年代の若い女性ファンは、普段使いできる器をいくつも購入してくれた。
レジはデパートの社員がやってくれたので、美宇は購入品を包む作業に追われる。
そうしているうちに、新聞社の取材がやってきた。
朔也は、記者と立ち話をした後、美宇のそばに来て言った。
「疲れただろう? 今のうちに1~2時間休憩しておいで」
「朔也さんは?」
「僕は外に出る時間がなさそうだから、弁当かおにぎりを買ってきてもらえる?」
「分かりました。でも、本当に手伝わなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。そういえば、前に働いていたスクールの作品展もやってるんだろ? 今のうちに見てきたら?」
「いいの?」
「もちろん」
「ありがとう。じゃあ、ちょっとだけ見てきますね」
「うん、じゃあ、あとでね」
美宇は受付をデパートの社員に任せると、先に休憩を取ることにした。
外のカフェで軽く昼食をとった後、地下の食料品売り場で朔也のために美味しそうな弁当を買った。
それから、催事場で開催されている『広瀬アートスクール作品展』へ立ち寄った。
受付にいたスタッフを見ると、美宇の知っている顔はなかった。おそらく札幌校のスタッフだろう。
受付を済ませた美宇は、さっそく作品を一つずつ見て回った。
ちょうど半分ほど見終えたところで、知っている生徒の名前を見つけた。
(あ、佐藤さんの作品だわ! わあ、あの頃よりずっと上達してる……それに、田中さんの作品も……みんなすごく頑張ってる……)
講師時代のことを思い出し、美宇は思わず笑顔になる。
そのとき、誰かが美宇の名前を呼んだ。
「七瀬さん? 七瀬さんでしょう?」
美宇が驚いて振り返ると、そこには元恋人・沢渡圭を奪った社長令嬢、広瀬ユリアの姿があった。
コメント
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展覧会大盛況ですね 朔也様おめでとうございます🎊 そして前日にプロポーズされていて良かった❣️高梨さんは簡単にやっつけられましたね 後は広瀬ユリアさんがどう出てくるのか⁇もしかして圭もいるのか 心配だけど きっと朔也様が助けてくれるよね 美宇ちゃん 嫌なやつをぎゃふんと言わせてね 頑張って
やっぱり朔也さんは芸術家だわ💕💕美宇ちゃんに出会えて宇宙を連想させる素敵なインスピレーションが湧いたね( *´꒳`*) 亜子‥婚約を聞いて撃沈ヾ(¯∇ ̄๑)ドンマイ ユリアもわざわざ声掛けしてきたね。マウントじゃないよね?|´-`)チラリ 朔也さん〜美宇ちゃんのピンチだよ〜(*」´□`)」
個展のタイトルが素敵🥹✨美宇ちゃんとの運命の出会いで、新境地が開けて、素晴らしい作品を作ることが✨✨美宇ちゃんへの愛を感じます💕 亜子さんへも堂々フィアンセ宣言して 安心してたところに、また新たな心配が🫨どうなる⁉️沢渡も出てくるのかな💦美宇ちゃん朔也さんに守ってもらってねーー!