まさか北海道でユリアに会うとは思っていなかった美宇は、驚いた。
「広瀬さん」
「お久しぶり。急にスクールを辞めたから心配していたけど、北海道にいたんだ」
ユリアは以前から美宇に挑発的だったが、久しぶりに会っても変わらない。
美宇は気にしないように努め、平静を装って答えた。
「はい。今はこちらで働いています」
「こちらって……あなた、今、札幌にいるの?」
「いえ、札幌ではありませんが、北海道にいます」
詳しく話さない方がいいと判断した美宇は、曖昧に誤魔化す。
それが気に入らなかったのか、ユリアは鋭い視線を向けて言った。
「あなた、まさかまだ圭に連絡してないわよね?」
「え?」
突然の問いに美宇は驚いた。
(私が彼と付き合っていたことを、彼女は知らないはず……それなのにどうして?)
そう思いながらも、美宇は落ち着いて答えた。
「なぜそんなことを聞くのですか?」
その問いに、ユリアは「ふんっ!」と不満げな表情で返した。
「噂で聞いたの。あなたが急に辞めたから、圭と何かあったんじゃないかって」
噂にすぎず確証はなさそうだったので、美宇はしらを切ることにした。
「何もありません。何かの誤解では?」
「そう? でも最近、圭が変なの。だから、あなたと何かあるのかと疑ってるのよ!」
ユリアの鋭い視線は、もし本当に何かあれば決して許さないという強いものだった。
それほど圭を愛しているのだろうか?
美宇は少ししらけた気持ちで、左手の婚約指輪をユリアに示し、笑顔で言った。
「何かあるわけないじゃないですか。それに、私、婚約したんです。今、とっても幸せなんです」
美宇の左手の薬指には、大きなダイヤの指輪が光り輝いていた。
それを見たユリアは驚いた表情を浮かべ、自分の左手のダイヤに目を落とす。
そのダイヤは、美宇のものより明らかに小さかったので、ユリアはバツが悪そうな顔で言った。
「そ、そう……それはおめでとう。よかったわ。だったら、私は何も心配しなくていいのね」
「もちろんです。広瀬さんは沢渡先生の婚約者なんですから」
自分の口からスラスラと言葉が出てくることに、美宇は驚いていた。
朔也の大きな愛が、明らかに美宇を強くしていた。
今の美宇は、以前とは違い、自信に満ちて堂々としていた。
それに気づいたユリアは、悔しそうに唇を噛んだ。
「観覧中、おじゃましてごめんなさい。じゃあ、ごゆっくり」
「ありがとうございます」
二人の視線がぶつかり、小さな火花が散った。
しかし美宇は目をそらすことなく、最後までユリアの瞳を見返した。
ユリアが立ち去ると、美宇は「ふう」と息を吐き、心臓の高鳴りを抑えながら、再び歩き始める。
そのとき、少し遅れて会場に入ってきた朔也は、二人の会話を聞いていた。
個展の人の流れが落ち着いたので、美宇を探しに来たところ、偶然その会話が耳に入ったのだ。
(北海道へ来た理由は、そういうことだったのか……)
美宇が移住してきたのには何か理由があると思ってた朔也は、今、その疑問が解けた。
彼はすぐに美宇を追いかけ、声をかける。
「美宇!」
突然の声に、美宇はドキッとした。
振り返ると、朔也が笑顔でこちらへ歩いてきた。
「朔也さん、どうしたの?」
「手が空いたから美宇を探しにきた。どう? 教え子たちの作品はあった?」
「うん、あったわ。あ、この子もそう。 彼はT美大の工芸科を希望してたんだけど、結果どうだったかな……」
「T美大の工芸ってことは、陶芸? それともガラス?」
「陶芸よ」
美宇は笑顔で答えた。
「そっか。受かってるといいね」
「うん」
美宇はそう答えながら、胸をドキドキさせていた。
(さっきの会話、聞こえてないわよね……)
そう思っていると、朔也が口を開いた。
「君が北海道に移住したのは、男の人が原因だったの?」
その言葉に、美宇はハッとする。
「さっきの会話、聞いてたの?」
「ごめん、聞こえちゃった」
その返事に美宇は肩を落とし、会場の隅にあるベンチまで歩いていくと、ゆっくりと腰を下ろす。
朔也も隣に座った。
「ずっと言わなくちゃと思ってたの。ごめんなさい」
「謝る必要なんてないよ。もう、終わったことだろう?」
「うん。でも、説明するからちゃんと聞いてくれる?」
「言いたくなかったら無理に言わなくてもいいよ」
「ううん、あなたにはちゃんと聞いてほしいの」
「……うん、わかった」
朔也は優しい瞳で美宇を見つめると、小さく頷いた。
それから美宇は、圭とのことをすべて朔也に話した。
交際していたこと、ある日突然振られたこと、そして圭が先ほどの女性と婚約していることを。
さらに、パーティーでの婚約発表で突然その事実を知らされたことや、その晩に圭が美宇の家まで押しかけてきたことも話した。
また、圭が元同僚に美宇の居場所を尋ねていたことも伝えた。
すべて聞き終えた朔也は、特に驚く様子もなく落ち着いた声で言った。
「辛いことを話してくれてありがとう」
「ううん。こんなことなら、もっと早く言えばよかった」
「ううん、そんなことはないさ。話してくれてありがとう。それにしても、その男は大馬鹿者だな」
「え?」
「美宇みたいないい女を振るなんてさ。それに婚約者がいるのに謎行動……いったい何がしたいんだ?」
朔也が呆れたように言ったので、美宇は思わずクスクスと笑った。
「ははっ、そこは笑うところじゃないだろう、美宇」
「だって可笑しくて……でも、お世辞でも嬉しい……ありがとう」
「お世辞じゃないよ、本当にそう思ってる。だって、今僕は、美宇と一緒にいて最高に幸せだからね」
朔也はそう言って、美宇の左手を優しく握った。
手のひらからじんわり伝わる温もりに、美宇の心は癒されていく。
(一緒にいるだけで、こんなに幸せになれるなんて……)
美宇は朔也の存在に感謝し、にっこりと微笑み返した。
「ありがとう。私も最高に幸せです」
「それならよかった。美宇……僕たちはこの先もずっと一緒だから」
「うん……」
朔也は美宇の左手を持ち上げ、光り輝く婚約指輪にそっとキスを落とした。
それを見つめながら、美宇は言った。
「この指輪がね、私を守ってくれたの。私を強くしてくれたの……」
美宇はそう言いながら、左手を照明にかざし、キラキラ輝くダイヤモンドを嬉しそうに見つめた。
幸せな笑みを浮かべる婚約者を見守りながら、朔也が言った。
「僕がいないときは、指輪がボディーガードだね」
「そうみたい」
美宇はそう答え、またクスクスと笑った。
「じゃあ、残りの展示を見ようか」
「うんっ!」
二人は元気よくベンチから立ち上がり、手を繋いで残りの展示を見て歩いた。
その後、美術画廊へ戻り、朔也が昼食を取ったあと、再び来客の対応に追われる。
こうして、個展の初日はハプニングに見舞われながらも、無事終了した。
コメント
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次は圭が来る事はないですね。
よかった〜‼️ やっぱり美宇ちゃんは強くなりましたね🙌 もう2人の間には誰も入れないし、離れないよね💓💓💓🤗
ユリア、マウント失敗に終わる🤭 指輪の大きさは愛の大きさなのかな🤭ユリアちょっとお気の毒です😁 美宇ちゃん、朔也さんに愛されて自信に満ちて強くなった🥺 沢渡の登場あるかな⁈ 何があっても朔也さんがいれば安心だね😊✨💕