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くくく……我はツバキ。
今宵もまた、世界の理(ことわり)に目を付けられし者。
最近、英語(中学レベル)を口にするだけで、
世界が勝手に意味を盛ってくる。
これは──言霊か。
あるいは、私に宿った何かが、
境界を踏み越え始めているのか。
……違う。
ただの誤解だ。
盛られてるだけだ。
普通に生きたい。助けて。
◇◇◇
──国境の関所「鉄鎖の門」。
オサカの領地に入るには、この厳重な関所を通らなければならない。
並んだ冒険者や商人が、次々と絞られている。
「おい兄ちゃん、荷物ぜーんぶ開けや!」
「この剣、登録あらへんやん。はい没収な!」
「お前、顔がもう怪しいねん。まず顔や、顔!」
(コテコテの関西弁!?この世界どうなってるの!?)
怒号。槍。金属音。
空気が重い。胃が軽い(吐きそう)。
私は列の最後尾で、包帯の上からフードを目深に被っていた。
今の私は、どう見ても不審者だ。
(うわぁ……めちゃくちゃ厳しい……)
(こんな包帯だらけの女、……絶対止められる……)
心臓が早鐘を打つ。
もし「包帯を取れ」と言われたら?
うっかりビームが出たら?
関所が更地になる。
即ち、国際指名手配だ。
隣でローザが、自信満々に囁いた。
「聖女様、ご安心を……
このローザにお任せください。
万が一の時は……聖女様の御名のもとに強行突破 (物理)で」
「私の名のもと!?私が主犯!?」
「……」
ただ、ニッコリとするローザ。
「何で笑ってんだよ!?何か言えよ!?」
そうこうしているうちに、私たちの番が来た。
「次! そこの……なんやその包帯の人!」
兵士のドスの効いた声。
私はビクッとして前に出た。
(包帯の人て。
せめて“封印の女”とか、カッコよく言って……)
「……名前、なんて言うん?」
「……ツバキだ」
なるべく“強キャラ”みたいに低く言った。
自分でも分かる。震えてる。
「身分証ある? ちょい見せて」
来た。身分証。
私はギルドカードしか持っていない。
というか、今この場で「聖女です」って名乗ったら、
逆に捕まりそうだ。
(終わった……)
(『身分証忘れました』って言う?)
(でも関所でそれ言うやつ、全員捕まってるじゃん……)
冷や汗で包帯が湿る未来が見えた、そのとき。
ローザが、スッと前に出た。
「こちらを」
懐から取り出したのは、黄金に輝くプレートだった。
中央に龍の紋章。周囲に細かい刻印。
そして、ど真ん中に“聖女”の文字。
──どう見ても、ガチのやつだ。
「なっ……!」
兵士の目が飛び出た。
「ちょ、待って……これ……」
「キューシュー国王直筆の『聖女証明書』やん!?
……え、ホンマもんの、聖女様……!?」
「いかにも」
ローザが涼しい顔で頷いた。
「……!?」
(あったの!?)
(そんな水戸黄門みたいなアイテム持ってたの!?)
(なんで私は知らないの!?)
(私の身分証持ってるなら渡せよ!?)
私はローザを二度見した。
ローザは小声で囁く。
「出発前に王様から……賜ってきました」
「じゃあそれ、すぐ私にちょうだい?」
私は当たり前のことを言ってるはずだ。
そうだよね?
兵士長が飛んできて、深々と頭を下げた。
「す、すんません! 聖女様とは露知らず!
もう全然ええです、どうぞそのまま行ってもろて!」
(よかった……!)
(権力って素晴らしい……!)
私は安堵して一歩踏み出した。
──その時だった。
「待てェッ!!」
背後から鋭い声。
別の厳格そうな老兵士が立ちはだかった。
顔に刻まれた皺が、規則そのものみたいだ。
「身分は分かった。せやけどな、その荷物は別や。
改めさせてもらうで」
老兵士の視線が、私の背中のリュックに突き刺さる。
「最近な、隣国で『怪しい新興宗教』が流行っとってな。
危険な教典や、違法薬物を持ち込む輩が多いねん」
──ギクリ。
それ、私の背中です。
(終わった……!!)
(リュックの中、だめだ……絶対だめ……)
老兵士が手を伸ばしてくる。
私は反射でリュックを抱きしめた。
「……っ!」
布越しに、紙の角が当たる。
最悪の触感。印刷物の角。人生の角。
「さあ、開けや」
老兵士の指が、リュックの留め具にかかった。
(だめだだめだだめだ……!)
(中身見られたら終わる……!)
たとえば、今朝ローザが追記した、最新の見出し。
──『プリンは飲み物』。
こんなものが関所から出てきたら、即カルトだ。
いやカルトなんだけど、今はバレたくない。
「聖女やから言うてな、規則は規則や!」
「え、ええと……」
私はリュックを抱きしめた。
その時、留め具が、カチッと音を立てた。
リュックの隙間から、白い紙が一枚、ぴろ……と落ちた。
そこには太字で、こうあった。
『プリンは飲み物。
理解できないものは裁きにあう。』
(終わった)
「聖女はん、今何か落ちた……プリン──」
「落ちてない!!」
私は神速で紙を回収した。
そして、遅れてくるパニック。
危険じゃない!
ただの本!
「……Safe!!
セーフだから!! 触るな!!」
老兵士の手が、ピタリと止まった。
「……なっ」
老兵士の顔色が、みるみる青ざめていく。
「今……なんて言うた……?」
「え? セーフ……!」
私はもう一度言った。
必死に。祈るように。
発音は、当然、雑。
老兵士が、震えながら呟く。
「……政府(セイフ)……!?」
「は?」
老兵士の膝がカクンと落ちた。
「ちょ、待って……まさか……
特務機関の方……!? 『政府』の極秘任務で……!?」
「はい?」
私は思考が追いつかず、口だけが空いていた。
そこでローザが、スッと前に出た。
「……お気づきになりましたか」
ローザが、低く言う。
「聖女様の口から漏れた『セーフ』。
あれは国家の中枢を示す隠語」
「な、なるほど……!」
老兵士が勝手に納得している。
こわい。人間の納得力ってこわい。
ローザは私のリュックを軽く叩いた。
「この荷物は、国家機密です」
ローザはなんで平気で嘘ついてるの?
聖職者だよね?
「……中を見れば。
貴方の立場が、消えますよ?」
この聖職者、今度は脅し始めたよ?
老兵士が、バッと敬礼した。
「し、失礼しましたァァァッ!!
政府の方とは知らんと!! どうぞ! どうぞお通りください!!」
「総員! 失礼のないようにな!
『政府』の方や! 道あけぇ!!」
ザッ!!
関所の兵士全員が道を開け、直立不動で敬礼した。
(……英語って、怖い)
私はポカーンとしながら、その花道を歩いた。
背後で、ローザのペンが走る音がする。
(また何か書いてる……今……)
ちらっと見ると、手帳にはすでに章タイトルが増えていた。
──第四章『セーフは国家の扉を開く』
(はは。好きにしろよもう)
◇◇◇
関所を抜けたあと。
私はへなへなと地面に座り込んだ。
足が、聖女じゃなくて豆腐になっている。
「……寿命が縮んだ……」
「お見事です、聖女様」
ローザが手帳を開く。
さっきのページに、さらに追記がある。
「『Safe』は『聖扉(せいふ)』。
神の意志により、開かれる境界を指します」
(ただ「開けないで」って言っただけなんだけど)
私は包帯を直しながら、ため息をついた。
リュックの中の“国家機密”が、ずっしり重い。
物理的にも。
社会的にも。
こうして私は。
「政府の特務機関(偽)」という新たな肩書きを背負い、
オサカの街へと足を踏み入れた。
経歴が、どんどん真っ黒になっていく。
◇◇◇
──その夜、宿にて。
無事に関所を突破した私は、市場で買った「特製プリン」を前にしていた。
ぷるぷるだ。黄金の輝きだ。
「ふう……。
国家権力(誤解)を行使して手に入れた甘味……。
これぞ、支配者の特権か……」
(いただきまーす!)
私はワクワクしながら、木のスプーンを手に取った。
そして、プリンに差し込もうとした──その時。
バシッ!!
鋭い音がして、私の手からスプーンが弾き飛ばされた。
ローザの手刀だ。
「……っ!?」
「おやめください、聖女様!!」
ローザが血相を変えて叫んだ。
「な、なにごと!?」
「危ないところでした……。
まさか、その『拷問器具(スプーン)』をお使いになるおつもりで!?」
「拷問器具じゃない! 食器!」
ローザは、さっき関所で見せたあのページを開いて突きつけた。
『プリンは飲み物。
理解できないものは裁きにあう。』
「……これのどこにスプーン禁止って書いてあるの?」
「『飲み物』に固形物を掬う道具を使う……。
それは即ち、プリンの流動性への『疑い』!
神への冒涜に他なりません!!」
「めんどくさい解釈しないで!?
吸うの!? これ吸うの!?」
「はい。聖女様ならば、肺活量のみで飲み干せるはず」
「ダイソンか私は」
ローザは、床に落ちたスプーンをハンカチで包み、厳重に封印した。
「教典に追記します。
『匙(さじ)を投げるな。匙を持った時点で、死罪』」
「助けて!!もうホント匙を投げたい!!」
「些事です」
「ラップバトル!?」
私は泣く泣く、プリンに口をつけて啜った。
……ズルルッ。
「……虚しい音がする……」
「素晴らしい……!
これぞ『聖なる口笛 (スラープ)』……!」
「ただの行儀悪い音だよ!」
(つづく)
◇◇◇
──更新されたツバキのステータス──
【名前】ツバキ
【職業】聖女(自称)/政府の特務機関(誤解)
【所持品】
・聖女証明書(本物・ローザ所持)
・カメリア聖典(最新版・国家機密扱い)
【スキル】
・空耳英会話(New)
└ 中学英語が、権力者の言葉に聞こえるパッシブスキル。
└ 発動条件:焦って滑舌が崩れること。
└ 効果:Safe (安全) → 聖扉 (神の境界)
【現在の悩み】
・「政府の方」と呼ばれるたびに心臓が縮む。
・リュックが重い(物理的にも社会的にも)。
・プリンを普通に食べたい。