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泡咲めろあ🫧🪄
843
りんご
904
鐘の余韻が、山の奥へ消えていく。
ゴォォォォン――。
死人たちは動かなかった。
ただ立っている。
誰一人として、鐘撞きを見ていない。
鐘撞きは空を見上げていた。
月。
その向こうにあるものを、探すように。
「何故です」
旅僧が口を開いた。
「何故、封印を壊すのです」
鐘撞きは答えない。
代わりに、死人たちへ目を向けた。
老人。
老婆。
子供。
誰も声を上げない。
鐘撞きは、しばらく黙っていた。
「送っている」
「何をです?」
「記憶を」
旅僧の眉が動く。
「記憶……?」
「ああ」
鐘撞きは頷いた。
「死者の記憶だ」
死人たちの顔を眺める。
「持ったままじゃ、向こうへ行けない」
その言葉に、人影が目を伏せた。
知っている。
その事情を。
旅僧は何かを言いかけて、やめた。
鐘撞きは、ただ死者を運んでいるのではない。
失われてしまうものを、少しでも残そうとしている。
そんなふうにも見えた。
「嘘だな」
佐衛門が言った。
鐘撞きの肩が僅かに揺れた。
旅僧が振り返る。
「葛城殿?」
佐衛門は鐘を見る。
それから死人たちを見た。
最後に、鐘撞きへ目を戻す。
「半分だけ本当だ」
鐘撞きは黙っている。
「もう半分を隠してる」
「……どうして分かる」
佐衛門は肩を竦めた。
「簡単だ」
鐘撞きを指差す。
「お前」
一拍。
「泣きそうな顔をしてる」
鐘撞きの口元から笑みが消えた。
人影が目を閉じる。
お師さんが鼻を鳴らした。
「また見抜きやがった」
鐘撞きは俯いた。
しばらくして。
「本当に」
小さく笑う。
「昔から嫌な奴だな」
佐衛門は答えない。
鐘撞きは鐘へ手を置いた。
冷たい青銅の表面を、指でなぞる。
「俺は、二十四人の一人だった」
風が抜ける。
人影は黙ったまま。
否定しない。
「背負った」
「守るはずだった」
鐘撞きは自分の手を見る。
「だが」
指が止まる。
「逃げた」
旅僧が息を呑む。
「怖かった」
鐘撞きの声が掠れた。
「皆、強かった」
「覚悟もあった」
「なのに」
俯く。
「俺だけ、出来なかった」
風が吹く。
鐘の紐が僅かに揺れた。
「だから逃げた」
「役目を捨てた」
「仲間を捨てた」
人影は何も言わない。
責めもしない。
それが、かえって重かった。
「……それでも」
鐘撞きが顔を上げる。
月を見た。
「目が覚めた」
「何に?」
「残り時間に」
佐衛門が目を細める。
「もう、間に合わない」
鐘撞きは鐘木を握った。
「だから」
力を込める。
「今度こそ、間に合わせる」
鐘が鳴る。
ゴォォォン――。
死人たちの身体が、一斉に揺れた。
旅僧は鐘を見上げた。
ただ鳴らしているのではない。
何かを急かしている。
何かを追い立てている。
鐘撞きは目を閉じた。
「逃げた分だけ」
「俺が送る」
低い声だった。
「一人でも多く」
その言葉を聞いて、佐衛門は何も言わなかった。
ただ。
刀の柄から手を離した。
*
しばらくして。
鐘撞きが佐衛門を見る。
「なあ」
佐衛門が顔を上げる。
「……菫」
その一言で。
空気が変わった。
旅僧が息を止める。
お師さんの隻眼が見開かれた。
人影も顔を上げる。
鐘撞きは、佐衛門を見ていた。
懐かしむような。
それでいて、どこか痛みに耐えるような目だった。
佐衛門は眉を寄せる。
「誰だ」
鐘撞きが苦笑した。
「そうだよな」
小さく頷く。
「覚えてないよな」
佐衛門は何も言わなかった。
菫。
知らない名だ。
それなのに。
胸の奥が、僅かに痛む。
何かを思い出しかけている。
だが。
手を伸ばせば逃げていく。
雪。
冷たい風。
焚き火。
誰かの声。
――。
「……」
佐衛門は目を閉じた。
それ以上は出てこない。
鐘撞きが目を伏せる。
「まだ、早いか」
人影が静かに尋ねる。
「知っていたのか」
「知っている」
「なら、何故言った」
鐘撞きは答えなかった。
ただ佐衛門を見る。
「いつか思い出す」
それだけだった。
*
空が鳴った。
鐘ではない。
山でもない。
空そのものが軋んだような音だった。
ゴォォォォォォン――。
三人が一斉に空を見上げる。
月。
その向こう。
巨大な瞳が、ゆっくりと開こうとしていた。
「来るぞ」
お師さんが唸る。
人影の顔から血の気が引いた。
鐘撞きも空を見上げている。
「……もう来たか」
旅僧の懐で、封印札が熱を持った。
「これは……!」
札を取り出す。
文字が滲む。
赤黒い色が、紙の上を這った。
――第六封印。
次の文字が浮かぶ。
――開く。
旅僧の手が震えた。
「第六が……」
鐘撞きは何も言わない。
ただ、鐘へ手を置いた。
人影も空を見ている。
お師さんが低く唸る。
「間に合わねえ」
佐衛門は空を見上げた。
巨大な瞳。
その向こうにいる何か。
そして。
胸の奥に残った、知らない名前。
「菫……」
誰にも聞こえないほど小さく呟く。
その瞬間。
鐘が鳴った。
ゴォォォォン――。
六つ目の鐘が。
山いっぱいに響き渡った。
死人たちが、一斉に顔を上げる。
月の向こうから。
何かが、こちらを見た。
佐衛門は刀の柄を握った。
今度は。
抜くために。
コメント
1件
めっちゃエモかった…!!鐘撞きの後悔と覚悟が胸に刺さる…😭💔 特に“泣きそうな顔をしてる”って佐衛門に見抜かれるとこ、二人の関係性が一瞬で伝わってきてやばかった…! それに“菫”って名前、佐衛門の記憶に関係ありそうで気になる…! 最後の第六封印の展開もドキドキした…! 続きが待ちきれないよ〜!!