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「どうだ?一人で着られたか?」
私に背を向け、ベットに腰掛けている司さんが、振り返る事無く訊いてきた。
「なんとか着れましたけど、後ろのチャックとホックがちょっと…… 」
無理に後ろへ手を回しても、あと少しで届きそうなのにギリギリのところで届かない。
(私って、こんなに身体硬かったっけ!?)
記憶では結構背中に手の回る方だったので、自分の身体の劣化にちょっと納得出来ない。背中を仰け反らせながら必死に手を伸ばしていると、司さんが笑いながら私の方へ近づいて来た。
「無理しなくていい。これくらい手伝う。ごめん、髪を除けてもらってもいいか?」
そう言い、司さんは私の背中側に回ると、白いワンピースのチャックに手をかけた。
「あ、はい。すみません」
慌てて自分の長い後ろ髪を除け、軽く俯く。司さんは髪が引っかからない状態になった事を確認すると、チャックを一番上まであげ、その上にある小さなホックを止めてくれた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
言うと同時に、私のうなじに司さんが軽くキスを落とす。 突然の事に驚き、私がビクッと全身を震わせると、「ご馳走様」なんて冗談っぽい雰囲気の言葉を口にしながら、私の両肩を軽くぽんぽんっと叩いた。
(う、うなじに…… キス…… ふあぁぁぁぁっ)
ドキドキと心拍数の上げる身体をぎゅっと自分で抱き締める。『私達は夫婦なのに、こんな事で何動揺してるんだろう』とも思うが、何せそういう経験の記憶が無い訳で。免疫の無い頭では、どうしても動揺しがちになってしまった。
「ごめん、嫌だったか?」
後ろから、顔を覗かせながら司さんに訊かれた。
「驚い、た、だけで、嫌な訳が無いじゃない、ですか…… 」
真っ赤な顔を伏せながら、どぎまぎとした口調で答える。
「可愛いな、唯は」
嬉しそうに司さんが呟く。そして そのまま私の身体に腕を回し、後ろからぎゅっと抱き締めてくれた。
(うわぁぁぁぁぁ!!)
声を出してはマズイと思うも、心の中では大絶叫してしまう。 今日の司さんはいったい何なんだ⁈
「似合ってるよ、そのワンピース」
頭の上から聞える、ちょっと艶っぽい雰囲気の感じられる彼の声で益々心臓が煩く高鳴る。
「ありがとうございます!」
そんな声にまた動揺し、咄嗟に出た私の声は、完全に飲み屋の店員の返しだった。
「彼女に頼んで正解だったな。仕事の帰りに、店にも探しに行ったりもしてたけれど、イメージに合う物が全然無かったからな」
「…… そんなに前から、この服を?」
「あぁ」
(私の為なのに、やっぱり何だろう?この感じ…… 心の中がもやもやっとする)
「さぁ、休みは今日で終わりだし、もう出よう。時間がもったいない」
そう言うと、司さんがそっと私の身体を離した。 ベッドの横に置かれていた、さっきまで、私が着ているこの服が入っていた大きな紙袋に、埃除けのカバーに入る背広を詰め込む。
「背広なんか、どうするんです?」
不思議に思い尋ねると、ニコッと微笑み彼が「内緒」と答える。 ここで無理に訊きだそうとしても、きっと司さんは言ってしまうようなタイプではないなと思った私は、それ以上は追及しなかった。