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その夜、遅くに玄関のドアが静かに開いた。
「……ただいま」
重たく落ち着いた声。陸だった。
リビングにいた海と空がすぐ顔を上げたが、日本はソファで毛布をかぶって動かなかった。
眠っていたのか、それとも眠ったフリか。
「今日はどうだった?」
海の問いに、陸はスーツの襟を緩めながら答える。
「……北側が少しきな臭い。空港周辺の配置換えの話が出てる。こっちは動かない方がいい」
「了解。必要があれば空に回す」
いつもの会話。家の中でなければ、それはまるで軍事司令室のようなやりとり。
やがて、陸がソファに座った日本に目をやる。
「……起きているだろ、日本」
ふいに、日本は肩をびくりと揺らした。
「……おかえりなさい」
布団の中から、小さくくぐもった声が返る。
「無理して笑わなくてもいい」
陸の声は硬いが、どこか優しい。
「学校、つらいのか?」
日本は言葉を返さない。ただ、ソファの背に顔をうずめた。
すると陸は一歩だけ近づいて、低く呟いた。
「俺は日本の盾だ。どんな相手が来ようと、前に立つ」
一瞬、息をのんだように、日本の肩が上下する。
陸はそれ以上何も言わず、背中を軽く叩いてから、自室へと向かった。
夜、部屋の隅に座り込んだ日本は、ひとり手帳を開いていた。
今日あったこと、誰とも話せなかったこと――
(空さんには甘えすぎですし、海さんには見透かされそうで、父上には……頼りすぎるのもこわいですね)
文字がぶれた。
涙がにじんでいた。
(でも、誰かに守られたいんです。…強く抱きしめて、何もかも忘れさせてほしい)
自分の感情が、家族に向けるには濃すぎるとわかっている。
けれど、他の誰かになんて向けられない。家族でないと、だめだった。
(私は、戦いたくない。だけど……)
そのとき、ノックの音。
「日本〜起きてる〜?」
空の声だった。
「……はい」
日本は小さく返事をして、部屋のドアを開けた。
そこに立っていたのは、無邪気な笑顔を浮かべた空。
けれどその笑みの奥にも、なにか危ういものがあった。