真冬の夜道を駆け足で進んでいく。
ポケットの中のチケットを確認する。
(初めての東京…)
私は今夜、彼氏のケイスケと深夜バスで東京へ向かう。
好きなバンドのライブを生で見るために。
指先の感覚がなくなるほどの冷え込みなんて気にならないほど、興奮していた。
(ケイスケ、もうバス停についたかな)
白い息を吐きながら考える。
親には内緒で家を出てきた。
まあ、夜遊びなんて日常茶飯事だから特に騒ぎ立てたりはしないだろう。
風が吹き、服の隙間から体を冷やす。
もっと厚着をしてくればよかった。
でも東京はそこまで寒くないらしいし、荷物も増やしたくなかった。
公園の横を通り過ぎた時。
ブランコに座る幼い少女が目に入った。
10歳くらい──たぶん小学生だ。
(びっくりした…幽霊かと思った)
長い黒髪に白いダウン。ニット帽に手袋。
幽霊にしては防寒対策がしっかりしている。
だけど幽霊じゃないとしたら、どうしてこんな時間に少女がいるのか。
スマホを取り出し、時間を確認する。
待ち合わせにはまだ余裕がある。
キャリーケースを引きながら、公園に入った。
「ちょっと、あんた…」
恐る恐る声をかけると、少女はゆっくり顔を上げた。
まるで人形のように整った顔立ちだった。
将来美人になることだろう。
「こんなとこでなにやってんの?」
「ペット…」
「え?」
「ペットがいなくなっちゃったの」
少女が涙目で呟く。
「ペット?あー、犬かなんかが抜け出したから、探してるってこと?」
少女が首を傾げる。
違うのだろうか?
「よくわかんないけど、探すなら明るい時にしなよ。もう遅いし」
あたりを見回す。
「両親は?まさか1人で出てきたの?危ないじゃない」
他人を叱れる立場ではないけれど。
(面倒だけど、放っておくわけにもいかないし…)
「家まで送るから。ペット探しは明日に…」
「もういいの」
「え?」
「探す必要はなくなったわ」
さっきまで涙を浮かべていた瞳が、きらきらと輝いていた。
「ひ、必要がないって、どういうこと?」
「もう見つかったわ。あの子の代わり」
少女が私を指差す。
「なにを──」
突如、呼吸ができなくなる。
一瞬遅れて、背後から口を抑えられていることに気づいた。
甘い香りがして、同時に眠気に襲われる。
脱力し、立つことさえままならない。
「見つかってよかった」
最後に聞こえたのは、少女の安堵した声だった。
「新しいペット」
不快感で目が覚めた。
なんだか全身がチクチクする。
「は?」
裸で芝生の上にいた。
慌てて起き上がる。
ブラもパンツも靴下もない。
胸を腕で隠しながら、辺りを探すが衣服は見当たらない。
寒くないのが唯一の救いだった。
暖房が効いてるらしい。
「ど、どこよ、ここ?」
よく見ると、広い部屋だった。
まるでお城の一室のように豪華だ。
私の周囲だけが、場違いに人工芝が植えられている。
「うそ、もう朝?」
窓からは日が差していた。
(バス出ちゃった!ライブに間に合わない!ケイスケに連絡しなきゃ!てか服どこ!?)
パニックになっていると。
「あ、目が覚めたのね」
奥のベッドから少女が起き上がった。
かわいらしい寝巻きを着ている。
「あんた、これはなんの──ぶっ!?」
少女に近づこうと歩いたところで、何かにぶつかった。
透明なガラスだった。
よく見ると、芝生を境界に全方位にガラスが貼られている。
だいたい6畳くらいだろうか。
私の部屋と同じくらいだ。
「なに、これ…」
「小屋だよ」
寝巻きの少女がいつの間にか正面に立っていた。
「そこはペット専用の小屋。あなたは今日からそこで暮らすの」
「い、意味わかんない。さっさとここから出してよ!彼氏と約束があんの!」
ガラスを叩くが、少女は一切怯まない。
「ダメよ。あなたは私のペットなんだから」
淡々と少女は言う。
「そうだ。昨日、寝る前に名前を考えたの。あなたは今日からシロよ。肌が白くてとっても綺麗だから」
「ふざけないで!私には相田ミカって名前が──っ!?」
突然、全身に電流が走った。
脳味噌がぐわんぐわん揺れ、その場に崩れる。
腕や足が痺れてうまく動かせない。
首がじんわり熱かった。
「ダメじゃない。ご主人様に逆らっちゃ。ペットなんだから言うこと聞かなきゃ」
少女の手にはリモコンのようなものがあった。
それから少女が自身の首を指差す。
痺れの取れた手で、自分の首に触れると首輪のようなものがつけられていた。
「私の命令に逆らうとそこから電流が流れるの。あんまりやり過ぎると神経が焼き切れちゃうよ?」
(神経が焼き切れる?)
「前のはそれでダメになったの。だからあんまり使わせないでね」
ようやく理解する。
彼女が普通ではないこと。
昨晩いなくなったのは『犬』なんかじゃないこと。
『いなくなった』とは『死んだ』ということ。
そして、新しいペットが見つかったという意味。
「シロ。これからよろしくね」
私はその日。
少女のペットになった。
コメント
13件
女の子言う事聞いてれば大事に育ててくれそう