夜。部屋には蛍光灯じゃなくて、間接照明だけ。
テレビもついてない。
互いに別のことをしてる、静かな夜。
俺はソファで本を読んでて、
るかはテーブルでノートに何かを書いていた。
――勉強じゃなさそうだった。
時折、ペンの先が止まり、
スマホをちょっと見て、また書き足して。
そんなふうに時間が流れて、気づけば22時をまわっていた。
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ふと顔を上げると、るかもこちらを見ていた。
どっちからともなく、目が合って、
「……今日、どうだった?」
同時に出た言葉に、ふたりで一瞬だけ黙った。
少しだけ笑って、俺の方が先に言葉をつなぐ。
「俺はまあ、ふつう。ちょっと眠かったくらいかな」
るかはうなずきながら、視線を下げる。
「……あたしは、んー……
授業だるかったけど、ひとつだけ面白かった」
「どれ?」
「社会。先生が意味わかんない例えしてて、みんな笑ってた」
「るかも?」
「……ちょっとだけ」
その「ちょっとだけ」の言い方が、妙にかわいくて、
俺は返事をしないまま、少しだけ目を細めた。
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「……そっちは? なんか嫌なこととかあった?」
「んー……なかったよ。
仕事はふつう。でも、朝の味噌汁が効いたかもな」
「は? それ、地味に褒めてんの?」
「うん。るかの“温めて”が今日のスタートだったし」
「……なにそれ、バカっぽ」
口ではそう言いつつ、るかの口元が少しだけゆるむ。
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ほんの短いやりとり。
でも、こういう小さな会話が一番心に残るのかもしれない。
照れも、気遣いも、素直さも、少しずつ混ざり合って、
“ふたりの時間”になっていく。
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沈黙が、会話のあとに訪れた。
でも、さっきよりずっと、やさしい沈黙だった。