テラーノベル
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保谷東
帰宅した美花は、相変わらず、店の出入り口から中に入っていく。
「…………ただいま」
「…………お帰り、美花。ご飯はテーブルの上にあるよ」
小声でボソッと帰宅の挨拶をする美花に、母の雪は、様子がおかしいと気付いたのか、何も言わずに微笑むだけである。
「…………ゴメン、お母さん。食欲がないから……いいや……」
カウンター席を横目にすると、おにーさんこと葉山圭は来店していない。
安堵と落胆が美花の中で入り混じり、小さくため息をつくと、スイングドアを通り抜けて、店の奥のリビングに向かう。
そんな美花を、母が一瞥すると、フウッと苦笑しながら、ため息を零した。
テーブルの上には、ラップが掛かったオムライスとグリーンサラダが乗せてあったけど、素通りしていく。
美花は二階に上がって着替えを取りに行き、シャワーを浴びた。
「さて…………曲を作ろう……」
彼女はパソコンを立ち上げ、くるくると変わる起動画面を、ぼんやりと見つめていた。
DAWソフトを立ち上げ、親友の音羽奏に結婚祝いとして贈る曲のデータを開く。
ヘッドフォンをパソコンに接続し、確認がてら、再生ボタンをクリックした。
(…………みんな……いい恋をして…………素敵な人と出会って…………羨ましいな……。所長も結婚するって言ってたし……)
アルトサックスの旋律部分を聴きながら、不意に雫が瞳から溢れていた。
曲作りに集中したいけど、燻った思いが、彼女の胸の奥で暴れ出す。
(羨ましいけど…………私は…………未来を繋げられない……。だから…………恋愛なんて……しちゃダメなんだ。けれど…………)
エレクトリックピアノのメロディに変わったところで、美花は、停止ボタンをクリックした。
(周りの幸せな報告を聞くたびに…………嬉しい反面……心が…………痛くなるっ……!!)
美花は、装着していたヘッドフォンを乱雑に外すと、引き出しをそっと開け、カバーの付いた細長いものを取り出した。
(こんな事をするなんて、良くないっていうのは分かってる。でも…………しなきゃいられないっ……!)
苦悶に歪めた表情で、彼女はカバーを取り外すと、左腕に当て、スッと引いた。
コメント
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え?ダメよ!!