『やーいやーい!』
昔からいじめられていたオレ───天乃絵斗は、酷く臆病者だった。夢もないし、欲しいものさえもない。才能もないし、言い返す力もない。とにかくオレは、”何もなかった”。
全てが空っぽだった。才能の器に入っているのは何もなくて、愛情の器に入っているものは何もなくて、感情の器にさえも、何も入っていなかった。夢も、希望も、愛も、形も、粉でさえ。あるのは、空気なのだ。
『……。』
昔からずーっといじめられていた。親がいないとか、兄弟がいないとか、愛がないとか、友達がいないとか、ゲームもないとか…どうでもいいこと。オレには何も必要なかったから、言い返せることもできなかった。………いや、必要としても、全てなかった。
手に入れようとしても、指の隙間からそれは逃げていく。まるで蚊のように、掴めそうで掴めない感じ。
『あっ!これいいペンじゃん!!もーらいっ!』
『っね、ねぇ…それは、クラスメイトからもらったやつで………!!』
『なんだこれ、ばっちー!!!』
物が次々と壊れて、貰っていたものや借りていたものなら尚更、相手からの信頼さえも徐々に壊れていくだけだった。
『また壊したの?もう貸してあげない!』
『………ごめん、なさい。』
何もいいことがない人生で、オレは1人孤独で歩いてきた。 その頃から、もう1人でいいなんて考えていた。
というか…こんな苦しいなら、死んでしまおうとまで考えていた。もちろん、失敗し続けたが。それは死ぬ勇気がないんじゃない。生きる希望があるからじゃない。
“オレが死んで残る物が何もない”からだ。
オレが死んで何も残らなければ、”何もかもが最初から存在しなかったことになる”。オレを産んですぐに死んだ母の努力も、母が死んでから仕事を頑張ったけど疲れた父の努力も、オレがここまで生きた努力も……。何もかもが消えてしまうのだ。
でも、だからって欲しい物が何もないオレに、残るようなものは持っていなかった。
───そんな時に出会った、あの男の子。公園のベンチで1人遠くを眺める男の子を見つけて、オレは決めた。
(あの子にオレのことを少しでも記憶してもらえれば、死ねる。)
何か少しの記憶、何か少しの思い出、何か少しの品……とにかく小さなものでも残っていれば、そこに”オレがいた”と記されるのだ。そうすればすぐに死ねると考えた。
『んっ!』
それでも、やっぱり話すということは難しかった。この子もオレを除け者にするのかもしれない、オレのことを痛くするかもしれない、オレのことを嫌いになるかもしれない……。
たくさんの不安を抱えているオレにとっては、言葉を発することは相当な勇気が必要だった。それでも、言葉を発しなければ伝わらないから。オレは相手が理解してくれるまで必死に伝え続けた。
そのうち、だんだんわかってくるんだ。”他のみんなと違う”ってね。
(……泣きたくなるほど、胸があったかい。)
胸がポカポカして、ぎゅーって苦しくなる。こんなに泣きそうになるのは、久々かもしれない。
『そっか。オレは”さる山らだ男”。よろしく!』
さるやま…と、名乗る男の子は、酷く優しそうな雰囲気を纏っており、そばにいるだけでなぜか安心してしまう。
『よ、よろしく…!!』
それでも、未来に変化はなかったけれど。