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弓大会の開催が発表されると
ノッテンガムには全国から
人が押し寄せ大賑わいとなった
サイラスは
「ちょっと見に行こうか」
とロビンと変装をして出かけた
ロビンは年老いた神父、
サイラスは修道士、ユンナはシスターの格好で
街に繰り出した
ノッテンガムの街は、
まるで祭りのような熱気に包まれていた。
大道芸人。
行商人。
吟遊詩人。
焼いた肉の匂い。
王国中から集まった人々が、
狭い石畳を埋め尽くしている。
ロビンは杖をつきながら、
白い髭を揺らした。
「……なんだこりゃ」
隣で修道士姿のサイラスが笑う。
「王妃御前の弓大会だからね」
「そりゃ人も集まるさ」
後ろではシスター姿のユンナが、
露店の串焼きをじっと見ていた。
「食べたいです」
「今は我慢」
「神に仕える者は質素であるべきです」
「お前が言うな」
三人は雑踏を歩く。
すると広場の一角から、
妙に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
吟遊詩人だった。
リュートを鳴らしながら、
調子よく歌っている。
♪ 森に現れし緑の影
♪ 悪徳修道院 金貨を奪う
♪ 奪った金は貧民へ
♪ 人はその名を――
「ロビン・フッド!」
観客が喝采する。
酒場の客たちが笑い、
銅貨を投げた。
ロビンはぽかんとしていた。
「……誰だそりゃ」
サイラスは肩を震わせる。
「有名人だねえ」
「話盛りすぎだろ!」
吟遊詩人はさらに続ける。
♪ 百人の兵をたった一人で倒し
♪ 矢は百歩先の蝋燭を射抜く!
「やってねえ!」
「まだね」
「やる予定もねえよ!」
ユンナが小さく吹き出した。
その時だった。
広場の端に、
新しい張り紙が打ちつけられる。
兵士たちが人を押しのけ、
木板を立てた。
ざわめきが広がる。
ロビンたちも足を止めた。
張り紙には、
荒々しい似顔絵と共に大きく書かれていた。
『森の盗賊 ロビン・フッド』
『王国騒乱罪』
『賞金 首銀百枚』
「うわあ」
ユンナが感心したように言う。
「似てませんね」
「そこかよ」
ロビンは眉をひそめる。
だがサイラスだけは、
貼り紙を見つめたまま黙っていた。
そんな雑踏の中を、
ひときわ妙な老人が歩いていた。
長い白髭。
古びた灰色の外套。
大きな杖。
どう見ても森に住む老賢者である。
だが――
体格だけがおかしかった。
肩幅が広い。
腕が太い。
背もやたら高い。
どう見ても老人の身体ではない。
その後ろを、
神経質そうな木こりがぴたりと付き従っていた。
「若、まずいです」
青年は小声で言った。
「見つかりますって」
すると老人は白髭を撫でながら、
不満そうに鼻を鳴らす。
「なぜだ」
「完璧な変装であろう」
「どこからどう見ても森の賢者」
「……マーリンみたいだろ」
青年騎士は頭を抱えた。
「マーリンみたいな老人がそんな体格してますか!」
老人――いや、
変装したリチャード王子は、
ふむ、と真顔で考え込む。
「確かに少々鍛えすぎたか」
「そういう問題じゃありません!」
リチャードは気にした様子もなく、
屋台を眺めながら歩く。
焼いた肉の匂い。
果実酒。
吟遊詩人の歌。
戦場ばかりだった日々とは違う。
生きた街の熱気だった。
リチャードは少し嬉しそうに笑った。
「いいものだな」
「こういうのは」
青年騎士がため息をつく。
「若は本当に危機感がありませんね……」
「せっかく極秘で帰国したというのに」
「まあよいではないか」
リチャードは笑う。
「どうだ、この格好で弓大会に出てみるか」
「母上もさぞ驚くであろう」
木こりの顔色が変わった。
リチャードは豪快に笑った。
その時だった。
向こうの通りから、
今度は三人組が歩いてくる。
年老いた神父。
修道士。
そして若いシスター。
人混みの中ですれ違う。
ふと、
リチャードの目が、
神父の背負った弓を捉えた。
年季の入った、美しい弓だった。
「ほう」
リチャードが立ち止まる。
「いい弓だな」
神父姿のロビンは、
ちらりと老人を見た。
「そっちの杖もな」
リチャードは愉快そうに笑った。
「気に入った」
二人はそのまますれ違う。
だが後ろの修道士――サイラスだけは、
一瞬だけ足を止めた。
背後を振り返る。
(なんでまた……あんたがいるんだ?)
男は勝手に椅子へ座ると、
部屋を見回した。
「ある方だと?」
「用件を言え」
男は肩をすくめた。
「我が主人は、ノッテンガムよりお前を買っている」
ガイの眉がわずかに動く。
「……”ノッテンガムの下にいるのは惜しい”」
「そう言っていましてね」
沈黙。
男は続けた。
「今、奴はジョン王子に取り入ろうとしている」
「覚えもめでたい」
「で――」
男は薄く笑う。
「側近のお前はどうなるのだ?」
ガイの目が細くなる。
「何が言いたい」
「一緒に出世するか」
男は指を立てた。
「……それとも」
声が少し低くなる。
「秘密を知りすぎた男は、どうなるのかな」
空気が冷えた。
ガイはゆっくり立ち上がる。
剣の柄を握る手に力が入った。
「俺がそんな話に乗ると思うのか」
男は笑ったままだった。
「別に信じなくてもいい」
そう言って、
懐から革袋を取り出す。
どさり、と机に置いた。
重たい音。
金貨だった。
「……」
ガイは動かない。
男は袋を軽く叩いた。
「俺はお前を心配してるんだぜ」
「こういうのはどうだい?」
「奴の悪事の証拠を、お前が握っておくのさ」
「それを渡せと?」
「いや」
男は首を振った。
「いらない」
「それはお前のお守りだ」
「持っておくがいい」
ガイは男を睨み続ける。
だが男は気にした様子もない。
椅子から立ち上がると、
外套を翻した。
「まあ、また来るよ」
「転職のこと、考えといてくれ」
そのまま扉へ向かう。
ガイが低く言った。
「待て」
男は振り返らない。
「誰の差し金だ」
すると男は足を止め、
少しだけ笑った。
「さあな」
「だが王都ってのは――」
「お前が思ってるより、ずっと人を食う場所だぜ」
扉が閉まる。
静寂。
ガイはしばらく動かなかった。
机の上には、
重たい金貨袋。
革の隙間から、
金の光が覗いている。
ガイは舌打ちした。
「……くだらん」
そう呟く。
だが袋には触れなかった。
窓の外では、
祭り前の喧騒がまだ続いている。
ガイは静かに目を閉じた。
ノッテンガム卿は有能だ。
冷酷で、
抜け目がなく、
誰よりも先を読む男。
だからこそ――
「……あり得る」
小さく呟く。
“秘密を知りすぎた男”。
その言葉だけが、
妙に頭に残っていた。
エスカリオ王宮。
昼下がり。
執務室では、
カルド王が巨大な地図を広げていた。
机には狩猟用の槍。
果実酒。
そして食べかけの肉。
どう見ても仕事中の机ではない。
カルドは地図の一点を指さした。
「今度、例の森に狩りへ行こうと思う」
「ジョンもどうだ?」
向かいに座るジョンは、
書類から顔を上げた。
「僕は遠慮しておきます」
「ん?」
「母さんと約束があるので」
数秒の沈黙。
次の瞬間。
カルドが机を叩いた。
「なにっ!」
「お前、俺を裏切って母さんにつくのかっ!」
「そんな大げさな」
ジョンは呆れた顔をする。
「例の弓大会ですよ」
「ああっ!」
カルドは素っ頓狂な声を上げた。
「そうだった!」
「そんなことを言っていたな!」
ジョンはため息をついた。
「忘れてたんですか」
「いや、最近忙しくてだな」
「税だの騎士だの義賊だの」
「頭が痛いんだ」
カルドは椅子へ深くもたれかかる。
ジョンは苦笑した。
「父上は考えるより先に動きますからね」
「うるさい」
カルドは果実酒を飲み干した。
だがその後、
ふと黙る。
ジョンが不思議そうに見る。
「父上?」
カルドは顎に手を当て、
しばらく考え込んでいた。
窓の外では、
王都の鐘が鳴っている。
弓大会。
王妃出席。
全国から騎士が集まる一大行事。
そのはずだった。
だが――
(……何か妙だ)
カルドの目が細くなる。
胸の奥に、
小さな引っかかりがあった。
最近、
妙に色々な話が、
ノッテンガムへ集まっている。
義賊。
サイラス失踪。
弓大会。
そしてエレノア。
(この胸騒ぎの出どころは……)
カルドは眉をひそめた。
(サイラスか?)
盤をひっくり返す男。
(いや――)
エレノアの顔が浮かぶ。
優雅に笑う王妃。
だがカルドは知っている。
あの女が本気で動く時、
大抵ろくなことにならない。
(……どっちなんだい)
カルドは深くため息をついた。
コメント
1件
うわっ、まさかのリチャード王子との鉢合わせ!笑っちゃった。「マーリンみたいな老人がそんな体格してますか!」はツボでしたw でもサイラスが気づいてるのがまた熱い…。ガイのところの不穏な会話も好き。金貨受け取らないところ渋くてかっこよかったです。次どうなるんだろう…!