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焚き火の火が、ぱちりと弾けた。
夜のシャーウッドは静かだった。
遠くで梟が鳴き、湿った風が木々を揺らしている。
ロビンたちは眠っていた。
見張りのリトル・ジョンが、丸太に腰掛けて酒を飲んでいる。
その少し離れた場所で、
サイラスとユンナだけが起きていた。
「昔、リチャードとジョンが兄弟喧嘩を始めたことがある」
サイラスは焚き火を見つめたまま言った。
「きっかけは些細なことだった」
「カルド王がジョンをかばい」
「エレノア王妃がリチャードをかばった」
「それで終わればよかったんだけどね」
サイラスは肩をすくめる。
「両方とも本気で怒った」
「結果――戦争になった」
ユンナはぽかんと口を開けた。
「……ほんとだったんですね」
「何が」
「夫婦で戦争するって話」
サイラスは真顔でうなずいた。
「うん」
焚き火の向こうで、ジョンが吹き出す。
「しかもその時、カルド王側にはウィリアム・マーシャルがいた」
「あのこの前の“王国最強の騎士”ですか?」
「そう」
サイラスは小枝で火をつついた。
「マーシャルはリチャード軍をさんざん叩き潰した」
「リチャード本人も落馬し、あわや死んでもおかしくない状態だった」
「えぇ……」
ユンナは呆れ顔になる。
「もとは兄弟喧嘩なんですよね」
「本気の家族喧嘩でした」
だが戦争は決着がつかなかった。
そして――
先に折れたのは、意外にもエレノアだった。
「王妃はカルド王に条件を出した」
「条件?」
「“ウィリアム・マーシャルが私の家臣になるなら戦争を終わりにする”」
ユンナは思わず顔をしかめた。
「めちゃくちゃな王妃ですね……」
「うん」
サイラスは遠い目をした。
焚き火の火が揺れる。
森の闇が、静かに二人を包んでいた。
「戦争が終わったあと」
「リチャードがマーシャルに食ってかかった」
「“お前、本気で俺を殺そうとしただろ!”って」
ユンナは苦笑する。
「そりゃ怒りますよね」
「でもマーシャルは平然としてた」
「なんて?」
「“私が?”」
「“私は殿下の馬を射ただけです”」
「“本気なら外すはずがありません”」
ユンナは数秒固まったあと、
頭を抱えた。
「登場人物みんなおかしいでしょ、それ……」
「ね?」
サイラスは苦笑した。
「でもリチャードは、その一言でマーシャルを気に入った」
「敵として認めたんだろうね」
「騎士ってよくわかりません……」
しばらく沈黙が落ちた。
焚き火の音だけが響く。
やがてユンナが小さく言う。
「……でも」
「その話が、今と何か関係あるんですか?」
サイラスの表情が少しだけ変わった。
軍師の顔だった。
「ある」
静かに言う。
「王妃はロビンを嫌ってはいない」
「え?」
「本当に邪魔なら」
「ウィリアム・マーシャルなんてよこさない」
サイラスは焚き火の向こう、
眠るロビンを見た。
「王妃に試されている」
「ロビン・フッドという存在を」
「値踏みしてるんだ」
ユンナは息を呑む。
「じゃあ……」
「まだ道はある」
サイラスは静かにうなずいた。
「英雄になって処刑されるなんて馬鹿馬鹿しい」
「ロビンを“英雄処刑”から逃がす方法はある」
「問題は――」
火が揺れる。
「どこへ落とすかだ」
「王家も」
「ロビンも」
「ノッテンガムも」
「全員が納得する落としどころを探さないといけない」
その横顔を見ながら、
ユンナは小さくつぶやいた。
「……ほんと」
「軍師様いい顔してます」
「ガイ、喜べ」
「儂は王都へ行く」
ノッテンガム卿は
ワインを揺らしながら笑った。
「そうなれば――」
「このノッテンガムを任せられるのは、お前だ」
ガイは眉をひそめる。
「ジョン王子には、新税をこのノッテンガムで」
「全土に先んじて施行するよう進言しておいた」
「……なぜです」
ノッテンガム卿は薄く笑う。
「教えてやろう」
「この税の穴は、税を取られる側ではない」
「――取る側にあるのだ」
ガイの顔色が変わる。
「集まる金」
「流れる金」
「記録」
「帳簿」
「それらを握る者が、国を握る」
ノッテンガム卿は杯を掲げた。
「その金で儂は王都政界へ乗り込む」
「やがては大蔵大臣」
「……いや」
「馬鹿王子を踏み台に」
「この国を乗っ取ることすら夢ではない」
ガイは小声で反論した。
「そ…それではこのノッティンガムは」
「儂の踏み台よ、バカな王子共々な」
ノッテンガム卿が笑う。
「どうした?」
「喜ばぬのか?」
ガイは背中に冷たいものが流れている感じがした。
森の空気が静まり返っていた。
焚き火の火だけが、小さく揺れている。
ロビンは拳を握りしめたまま、
サイラスを睨んでいた。
「なあ、ロビン」
「もう終わりにしよう」
低い声だった。
ロビンが顔を上げる。
「なんでだよ」
「役人も修道院も、まだ野放しじゃないか」
サイラスは静かに首を振った。
「でも、やがて王都からお前を捕らえに来る」
「今ならまだ引き返せる」
ロビンは苛立ったように立ち上がる。
「俺たちの目的は!」
「みんなを救うことじゃなかったのかよ!」
森に声が響く。
サイラスはその叫びを真正面から受け止めた。
「そうだ」
「だからこそだよ」
静かな声だった。
「今のお前は、ただの犯罪者だ」
「国を正すということは――」
「犯罪の延長にあるもんじゃない」
ロビンの息が止まる。
「じゃあ……」
「じゃあ、どうすればいいんだよ」
サイラスは懐から一枚の紙を取り出した。
王家の紋章入りの告知。
ノッテンガム弓大会。
王妃御前試合。
ロビンの目が細くなる。
「王妃が来る」
焚き火の光が、
サイラスの横顔を赤く照らした。
「王妃に、皆の窮状を訴える」
ロビンは思わず笑った。
「はっ」
「そんなので変わるわけ――」
だが途中で言葉が止まる。
サイラスの目が、
あまりにも本気だったからだ。
「お前……」
サイラスはまっすぐロビンを見る。
「縛り首に遭う覚悟はあるか?」
風が吹いた。
木々がざわめく。
しばらく沈黙が続いたあと、
ロビンは小さく笑った。
「あるよ」
その声は、不思議なくらい穏やかだった。
「みんなを救えるなら」
「それでいいよ」
マリアンが息を呑む。
ロビンは少しだけ照れくさそうに笑った。
「最後はこの森に埋めてくれ」
そして視線を落とす。
「マリアン」
「結婚できなくて、ごめん」
マリアンの肩が震えた。
ロビンは続ける。
「でも……わかってくれ」
ユンナはうつむいていた。
唇を噛みしめ、今にも泣き出しそうになっている。
焚き火の向こうで、
サイラスだけが静かに目を閉じていた。
まるで、
少年たちの“覚悟”を、
胸に刻みつけるように。
サイラスは静かに目を開いた。
焚き火の火が揺れる。
その横顔からは、
もう先ほどまでの迷いは消えていた。
「その覚悟が聞けて良かった」
ロビンが顔を上げる。
サイラスは立ち上がり、
地面へ枝で簡単な地図を描き始めた。
「みんな集まってくれ」
リトル・ジョン。
タック。
ウィル。
ユンナ。
森の仲間たちが火を囲む。
サイラスは枝で一点を突いた。
「これはノッテンガム卿の罠だ」
低い声だった。
「王妃御前試合なんて名目だが――」
「たぶん、向こうは最初からロビンを炙り出すつもりでいる」
タックが眉をひそめる。
「へえ」
「つまり会場に兵が山ほどいるってことか」
「いるだろうね」
サイラスは頷いた。
「ガイもいるはずだ」
「お前の命、このままくれてやるわけにはいかない」
ロビンが黙って聞いている。
サイラスは続けた。
「ロビンには変装して弓大会へ出てもらう」
「我々は周辺で待機」
「何かあれば即座に動く」
ユンナが口を開いた。
「……手筈は?」
焚き火がぱちりと鳴る。
サイラスは静かに笑った。
その笑みは、
久しぶりに“軍師”の顔だった。
「もちろん――」
「考えてある」
エスカリオ王宮
ウィリアム・マーシャルは、
王妃エレノアの話し相手になっていた。
「グラツィアでは革命がおこったわ」
「私たちも、もう古いのかしら」
マーシャルは静かに答えた。
「いいえ」
「騎士道精神が古いというなら――」
「時代の方が、間違っております」
エレノアは小さく笑う。
「お前は変わらないねえ」
老騎士は答えなかった。
余談だが、後にこのウィリアム・マーシャルは、
ひとつの書類への署名に立ち会うことになる。
それは、騎士の時代の終わりを告げる署名となる。
「ところで――」
「サイラス坊やには会えたかい?」
「はっ」
「ですが、痛快ですな」
「義賊とは」
エレノアが目を細める。
「これこれ」
「法を犯す者たちですよ」
マーシャルは静かに笑った。
「ですが、これでは民が熱狂するのも無理はありますまい」
しばし沈黙。
やがてエレノアは、
窓の外を見ながら呟く。
「……わかっておる」
「もうすぐ尻尾を出すであろう」
「御意」
コメント
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うわ……第10話、めちゃくちゃ重くて苦しくて、でもすごく綺麗だった。 特にロビンが「結婚できなくてごめん」って言ったところ、心臓ぎゅってなった。マリアンの肩震わせるところも、ユンナが泣きそうになってるところも、全部刺さった。 サイラスの「覚悟が聞けて良かった」の静かさが逆に怖かった。軍師の顔に戻る瞬間、鳥肌立ったよ。 ノッテンガム卿の“帳簿で国を乗っ取る”発言も怖い。英雄処刑からの回避ルート、どう転ぶのか気になりすぎる……。 次が待ちきれないよ、眠狂四郎さん。あなたの紡ぐ“闇”と“覚悟”の物語、ちゃんと受け取った🌙