テラーノベル
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ライナーとアグリはわずかな兵を率いて王都を発った。
内乱の傷は深い。
主力の大半は南方。
スピリタスはアントンを監視し、動かすことはできない。
王と共に北へ向かう兵は、二千にも満たなかった。
それでもライナーは進んだ。
北へ。
ガラリア地方へ。
その地は、かつてジュリアスが征服した土地だった。
若き日のジュリアスは数十年にわたり北方へ遠征を繰り返し、無数の部族を平定した。
ゴルト族。
フラン族。
ブングル族。
サクシン族。
数え切れない部族たちは争いをやめ、グラン王国に従った。
彼らは税を納め、兵を出し、交易によって豊かになった。
そしてグラン王国もまた、ガラリアを得たことで大きく飛躍したのである。
だからこそ。
今、ガラリアが燃えていた。
道中。
避難民の列が続いていた。
荷車を押す老人。
泣き疲れて眠る子供。
焼け跡から逃げてきた農民たち。
「王だ……」
「ライナー王だ……」
人々は疲れた顔で若き王を見上げた。
その中の一人の老婆が、震える手でライナーの外套を掴んだ。
「王様……」
「お願いです……」
「助けてください……」
「息子も……孫も……みんな……」
言葉にならない。
涙だけが流れていた。
ライナーは馬を降りると、静かに老婆の手を握った。
「必ず守る」
「だから、生きてくれ」
老婆は声を上げて泣き崩れた。
その姿を見ていたアグリは何も言わなかった。
だが、握り締めた拳には力が入っていた。
数日後。
二人はガラリア総督府へ到着した。
そこでは各部族の長たちが集まり、激しく言い争っていた。
「もう終わりだ!」
「アテイラの軍勢は大軍だ!」
「部族ごと東へ逃げるべきだ!」
「いや、降伏して命だけでも助けてもらうべきだ!」
「馬鹿を言うな!」
「奴らは略奪しか知らん!」
会議場は怒号で満ちていた。
その時。
扉が開いた。
「ライナー王陛下、ご到着!」
一瞬で静まり返る。
若き王が姿を現した。
その後ろにはアグリ。
そして数人の近衛兵。
あまりにも少ない。
部族長たちは顔を見合わせた。
「まさか……」
「援軍はこれだけか?」
「王都は我らを見捨てたのか!」
不満の声が広がる。
しかしライナーは怒らなかった。
静かに部屋を見渡し、口を開いた。
「見捨てるために来たのではない」
「共に戦うために来た」
「私も逃げぬ」
「だから諸君も逃げるな」
部族長たちは息を呑んだ。
王自ら北へ来るとは誰も思っていなかった。
ライナーは続けた。
「ジュリアスは武力で諸君を従わせた」
「だが、その後、彼は言った」
『ガラリアを属州ではなく友とせよ』
『共に栄える国を作れ』と
「私はその言葉を信じている」
「だから今日、王としてではなく友として頼む」
「力を貸してくれ」
沈黙が流れた。
やがて。
白髪の老人が立ち上がった。
ゴルト族の長だった。
「……ジュリアスは」
「飢饉の時には穀物を送ってくれた」
続いてフラン族の長が立ち上がる。
「我らの息子たちはグラン軍として戦い、誇りを持った」
ブングル族の長も立ち上がった。
「アテイラが来れば、次は我らの娘たちが奴隷になる」
そして。
最後にサクシン族の若き長が剣を抜き、机に突き立てた。
「戦おう!」
「我らはグランと共にある!」
次々と剣が抜かれる。
会議場に怒号が響く。
その光景を見ながら、アグリは小さく笑った。
「さすがですね、ジュリアス様」
「死してなお、人の心を動かすとは」
しかし。
その頃。
さらに北では。
黒馬にまたがる草原の王アテイラが、新たな獲物を求めて南へ進んでいた。
そしてオルフェンスは静かに報告する。
「陛下」
「ライナー王が来たようです」
アテイラは笑った。
「ほう」
「人の国の王自らとな」
「ならば、その首を取れば終わるな」
「場所はここでどうだ」
アテイラはある地点を指さした
「見事な策にございます」
オルフェンスは頷いた
草原の王はまだ知らない。
自分が踏みにじろうとしている北の地が、
ジュリアスによって築かれた、
人と人との絆によって結ばれた土地であることを。
諸部族の長たちが次々と兵を出すことを誓うと、会議場の熱気は一変していた。
先ほどまで逃亡を口にしていた男たちも、今では地図を囲んでいた。
ライナーはアグリへ視線を向ける。
「では、どこで迎え撃つ?」
アグリは静かに立ち上がった。
机の上の地図を広げる。
「ヴァルケン王国もまた征服国家です」
「アテイラは勝てる戦いしかしません。」
「敵の長所を殺し、自らの長所だけを押しつける。」
「だから彼は草原を選ぶのではありません。」
「草原以外では戦わないのです。」
「その軍の主力は騎兵です。」
「ゆえに決戦の地は一つしかありません。」
部族長たちが身を乗り出した。
アグリは一本の棒で地図の一点を指す。
「ここです」
「カタロウム」
そこには果てしない大草原が広がっていた。
「ここならば数万の騎兵が自由に機動できます」
「我々を誘い込み、この地を決戦場に選ぶでしょう」
サクシン族の長が顔をしかめた。
「ならば避ければよいではないか」
「森に籠もれば騎兵など役に立つまい」
若い部族長が立ち上がった。
「ならばこちらから攻めればいい!」
「奴らが集結する前に叩くのだ!」
「山岳地帯に誘い込めば勝機もある」
「それこそ敵の思う壺です。」
「騎兵は進軍中ですら戦える。」
「我々が攻めれば、草原へ誘導されるだけでしょう。」
アグリは反論した。
「敵もそれを承知しております」
「だからこそアテイラは略奪を続けるでしょう」
「村を焼き、家畜を奪い、人々を奴隷として連れ去る」
「我々が守るべき都市を次々と襲いながら」
「最後には」
アグリの棒が再びカタロウムを指した。
「ここで戦えと迫ってくる」
「我々は民を見捨てられない」
「結局、この地で戦うことになる」
沈黙が流れる。
ゴルト族の長が低く唸った。
「つまり……」
「戦場は奴らが決めるということか」
「いいえ」
アグリは即座に否定した。
「違います」
「アテイラは自分が戦場を選んだと思い込むでしょう」
「ですが」
「その戦場で勝つ方法を決めるのは我々です」
ライナーが微笑んだ。
「自信があるようだな」
「当然です」
アグリは迷いなく答えた。
「人が考え抜いて作り上げた軍団は、どんな神の血にも負けないと」
部族長たちは顔を見合わせた。
若い王。
若い将軍。
だが、その瞳には揺るぎがなかった。
ライナーは立ち上がる。
「諸君」
「アテイラは我々を獲物と思っている」
「ならば教えてやろう」
「ここは狩場ではない」
「神は我らを守ってはくれない。」
「ならば我々が守る。」
「ここは人の国だ。」
「我らの家だ!」
「ウオオオオ!!」
諸部族の長たちが一斉に剣を抜いた。
その頃。
北方。
黒馬に跨るアテイラもまた地図を見ていた。
オルフェンスが指差す。
「ライナー王は諸部族をまとめ始めました」
「兵力はおよそ三万」
アテイラは笑った。
「ほう」
「人の国の王にしては上出来だ」
「どこで戦う?」
オルフェンスは迷わず答えた。
「カタロウム」
「大草原です」
「さらに避難民が奴らを縛ります。」
「村を守るため、ライナーは必ず来ます。」
アテイラは満足そうに頷いた。
「そうだ」
「王とは愚かなものだ。」
「守るものがある者ほど利用しやすい。」
こうして。
草原の王アテイラ。
若き王ライナー。
そして軍略家アグリ。
両軍は互いに同じ場所を見つめていた。
大草原カタロウム。
騎馬民族にとっては最高の戦場。
そして。
アグリにとってもまた、
望むところだった。
後に歴史家たちはこの戦いを、
「神の子と人の子が激突した戦い」
と呼ぶ。
しかし。
この時、誰一人として知らなかった。
この戦いで、
最も恐るべき将が、
若き王ライナーの隣にいたことを。
その名は――
アグリ。
ジュリアスが若き王に遺した、
最後の将軍であった。
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コメント
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第17話、一気に読みました!避難民の老婆に「生きてくれ」と手を握るライナー王のシーン、胸が熱くなりました😢ジュリアスの遺した「友となれ」という言葉で部族長たちが立ち上がる流れも痺れますね。アグリがカタロウムを指す迷いのなさも格好良かったです。両軍が同じ場所を見つめる締めくくり、続きが気になりすぎます…!