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「先生って、セットリストのプロフィールに自分のコンクール受賞歴を載せないんですね。出身学校名しか載ってないし。国際コンクールで沢山入賞したり、最優秀賞も獲っているのに……」
侑と瑠衣は夕食を済ませた後、リビングでコーヒーを飲みながら、数日後に出演するミニコンサートのセットリストを眺めている。
「栄光は、手にした瞬間に過去になる。受賞した日は嬉しさを噛み締めるが、翌日には忘れて、また自身の研鑽を積み、『自分の音楽とは何か』を追求していく事が大切だ。中にはコンクールでの輝かしい成績を盾に精進する事を忘れ、偉そうにマウントを取る演奏家もいる。そういうヤツらがいるのもあって、俺はプロフィールにコンクール受賞歴は載せない事にしている」
長い前髪を掻き上げながら、侑はフンッと唇を歪める。
「それに、いちいちコンクール受賞歴を載せてアピールするのは、過去の栄光に縋っているようでカッコ悪いし俺は嫌だな。どうせなら、今の自分を反映させた音楽をアピールしたい」
「先生ってストイック! さすがはイケメントランペット奏者!」
彼女の言葉に、侑がジト目で睨むと、瑠衣は首を竦めた。
「そうならないために、俺は立川音大でお前に教えていた頃、年中言ってた言葉があったよな?」
「『自分の演奏を追求する事、それは生涯勉強だ。追求する事をやめたら、演奏家として死んだも同然だ』ですよね?」
「フッ…………覚えているようだな。謙虚な心は、忘れてはならない事だ」
言いながら侑はベージュブラウンの髪に触れ、小さな耳に掛ける。
「私は響野門下生の中でも、特に出来の悪い弟子でしたからねっ! レッスンの時、何度心が折れそうになる事を先生に言われ続けてきた事か……」
「そうだな。お前は俺の門下生の中でも、特に『落ちこぼれ門下生』だった。だからこそ、九條の…………瑠衣の印象は…………俺の中で強烈に残っていたな」
侑が遠くを見つめながら、当時の事を思い起こしていたのか、唇に弧を描かせた。
侑の演奏する曲名を見てみると『トランペットヴォランタリー』『ナポリ民謡による変奏曲』と『トランペットが吹きたい』の三曲が記載されている。
御茶ノ水の中倉楽器本店で、トランペットの選定会に呼ばれ、その後に店舗内にある小ホールで、ミニコンサートが行われる。
瑠衣もお手伝いで、来場者にミニコンサートのセットリストを渡す仕事を任されている。
「あ、『鬼パン変奏曲』も吹くんですねっ」
「…………だから『鬼パン』って言うな。お前、態と言ってるだろ。曲名は正確に言え」
侑が『やれやれ……』とぼやきながら髪をワシャワシャと掻き上げた。