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『夢売り屋と朝の代償』
――よく眠れましたか?それなら、代償を。
夜の繁華街を抜けた先に、小さな灯りがひとつ灯っていた。
《夢売り屋》と書かれた木札が軒先にぶら下がっている。店の中には、一人の老婆がいた。
「どんな夢でも、お望み通り。代金は”代償”です」
そう言って老婆は微笑んだ。
高校生の藍花(あいか)は、家にも学校にも居場所がなかった。
親は離婚し、母親の恋人からは目を逸らしたくなるような言葉をかけられ、学校では空気のような存在。
目が覚めるたび、現実に戻ってくることが辛かった。
だから――
「幸せな夢が見たい」と願った。
老婆は小さな瓶を差し出した。中には淡い光が揺らいでいる。
「これはね、”一晩だけの幸福”。その代わり、明日の朝、あなたの【名前】を頂戴するわ」
「名前?」
「ええ。“夢”と“現実”を繋ぐ鍵みたいなものよ」
半信半疑のまま瓶を開け、藍花はその夜、眠った。
彼女は夢の中で、優しい家族に囲まれ、友人たちと笑い合い、穏やかな恋をした。
「――これが、本当に私の人生だったらいいのに」
朝、目を覚ますと、涙が流れていた。現実は戻ってこなかった。
昨日までと、どこかが違っていた。
名前を呼ばれても反応できない。
クラスメイトに話しかけられても、誰も藍花のことを「藍花」とは呼ばない。
いや、それ以前に――
「……えっと、あなた、誰だっけ?」
誰も、彼女の顔を覚えていなかった。
家にも戻れず、母親は「そんな子知らない」と言い放った。
夜。再び《夢売り屋》を訪れる。
「どうして……こんなことに……!」
老婆は優しく微笑んだ。
「名前を手放した者は、夢の中にしか居場所がなくなるのよ。
もう一度“夢”が欲しいなら、次は“声”か“記憶”を差し出してね」
藍花は笑った。
──もう、夢でもいい。
──現実より、ずっと綺麗で、優しいから。
そして今日も《夢売り屋》の灯りは灯る。
「よく眠れましたか?それなら、次の代償を」