その時坂上を呼ぶ甘ったるい女の声がした。
「坂上さん♡ そこにいらしたの?」
三人が振り返るとそこには秘書課に勤務している社長令嬢の宮森泉の姿があった。泉は健太が二人の女性といる事に気付くと一瞬眉をしかめてから、
「ご一緒してもよろしいかしら?」
と言った。
「どうぞ」
優香がそっけなく答えると泉は満面の笑みで優香の隣に腰をおろす。優香の鼻には泉のキツイ香水の香りがプンプンと漂ってきた。
花純はその女性が誰かを知らなかった。そこで優香が目くばせをして合図をする。そして口だけを動かし花純に教えた。
『社長令嬢よ』
そこで初めて花純はその状況を把握した。
泉は席につくなり健太に聞いた。
「こちらは?」
その声には少しとげがある。おそらく花純の事を知っているのだろう。しかしあえてしらばっくれているようだ。
「こちらは、日比谷店店長の唐沢さんと元後輩の藤野さんです。二人とも今日は本社に用があったそうです」
「どうも初めまして、唐沢です」
「初めまして、藤野です」
二人は泉に挨拶をした。
「どうも、宮森です」
そっけなく挨拶を返した泉は、一瞬花純を睨みつけけていたがすぐにその顔を作り笑顔へと変える。
そして花純の全身をさりげなくチェックし始めた。そして泉の視線がふと花純の左手で止まる。なぜならそこには、かなり上質で粒の大きい見事なダイヤモンドのリングが光っていたからだ。
泉はかなり驚いていた。
「あら? 藤野さんはご婚約していらっしゃるの?」
「あ、はい」
すぐに健太が詳細を説明しようとしたが、優香が隣にいる泉に気付かれないように人差し指を口に当てて「しーっ」というポーズを取ったので、健太は二人の婚約の事をまだ口外してはいけないのだという事に気付く。
そして当たり障りのないように言った。
「先日婚約されたばかりなんですよね?」
「はい」
泉は途端に花純の婚約相手が誰なのかが気になり始める。あんなに見事なダイヤを贈る相手なのだ、それ相応の人物なのだろう。そして我慢できずにストレートに聞いた。
「お相手はどちらの方ですか? かなり地位がおありになる方なのでは?」
そこで花純は冷静に答える。
「婚約の事はまだあまり口外しないようにと言われておりますので、申し訳ありません」
花純の模範的な回答にホッとした優香が口を開いた。
「私達はそろそろ次の予定がありますのでこれで失礼いたしますわ。さ、花純ちゃん行きましょう」
優香は花純をこのまま泉の前に置いておくのは危険だと判断し、あえて急ぐふりをした。
花純の皿にはまだあと二口ほど皿うどんが残っていたが、花純はその二口を諦めて大人しく優香の指示に従う事にした。
「それでは失礼します」
花純はその場に残った二人に会釈をしてから優香の後へ続いた。
エレベーターの前まで来ると、二人顔を見合わせて、
「やばかったー」
「本当、心臓がバクバクでした」
二人は興奮したまま思わず手を握り合う。そしてまるで邪気から逃げるように急いでエレベーターに飛び乗った。
その後花純は、元上司である穂積の元へ挨拶に行き結婚と退職の事を報告した。
穂積はかなり驚いていたが花純が結婚後もガーデンデザインの仕事を続けられる事を知りホッとした様子だった。
詳しい事はあまり言えなかったがいずれ何かの折に触れ気付くだろう。
本社を出た花純は一度ビルを振り返ると、心の中で「今までお世話になりました」と告げてから胸を張って歩き出した。
そして近くのカフェで待っている優香の元へ向かった。
そしていよいよ、空中庭園のリニューアルオープンの日がやって来た。この日花純は朝からバタバタしていた。
壮馬がこの日の為に買ってくれたワンピースを着てみるとピッタリでとても素敵だったが、
服に負けて化粧や髪型が地味に見える。
そこでヘアアイロンを駆使して髪をカールさせようとトライしてみるがうまく決まらない。
(壮ちゃんに言われた通り美容院を予約すればよかった…)
泣きそうになりながら必死に髪と格闘していると玄関のインターフォンが鳴った。
手が離せない花純の代わりに壮馬が出てくれたようだ。
そして花純が必死に鏡に向かっていると寝室にノックの音が響いた。
「もうちょっと待って下さい。なんだか上手くいかなくて…」
ノックをしたのは壮馬だと思い泣きそうな顔のまま花純が答える。
その時、
「ちょっと失礼するわねー」
と、壮馬の母・百合子が入って来た。
思わず花純は驚いて立ち上がる。
「お母様!」
「ふふ、壮馬が心配して見て来てくれって。花純が寝室から出て来ないってね」
「すみません…大事な日なのになんだかお化粧もヘアスタイルも上手くいかなくて……」
「どれどれ、ちょっと私に貸してみて」
百合子は花純の手からヘアアイロンを受け取ると、
「座って鏡の方を向いて」
そう言って花純の髪を整え始めた。
百合子の手さばきは見事なもので、まるで美容院にでもいるみたいだ。
「ウェーブはもうちょっと出した方が華やかね。それにしてもそのワンピースとっても素敵! 花純ちゃんに良く似合ってるわ」
百合子はそう言いながら花純の髪を見事に作り上げていく。
花純はただただ感動しながらじっとしたまま鏡に見入っていた。
その時、リビングにいた壮馬はソファーに座って父・雄馬と話をしていた。
「で、モデルの本条麗華の件だがすぐに顧問弁護士からモデル事務所へ通告してもらったよ。もし今後また自宅まで押しかけて来るような事があれば、こちらもそれ相応の対応を取るとな…」
「という事はスポンサー関連の?」
「ああ、うちがCMを打つ番組にはおまえんところの事務所のタレントは出入り禁止だとはっきり伝えた」
「ありがとうございます。助かります」
「それと前の秘書の稲取君についてだが先週辞表を提出したそうだ。やはりあれだけの事をしでかしたんだ、もうお前とは顔を合わせ辛いんだろう。人事部長の話では既に転職活動を始めているそうだ。まあ、あれだけの美人ならすぐにまたどこかの会社で拾ってくれるだろう」
「そうですか。父さん、色々と手間を取らせて申し訳ありませんでした」
「いや、当然のことをしたまでだ。花純ちゃんが全然関係ない女達から攻撃を受けたんだ。将来の父としてはなんとしてでも守ってあげないとな。花純ちゃんは高城家へ来てくれる大事な大事な嫁なんだからな」
雄馬は当然だという風に言った。
「それにしても父さんは花純と少ししか話をしていないのにどうしてそんなに花純の事が気に入っているんですか?」
息子の質問に雄馬はフッと笑ってから言った。
「目をみればわかるさ、その人物の人となりはね。人間の考え方や生き方は全て目に表れるんだよ。長い間いろんな人間と関わってきてこれくらいの歳になればな、一発でわかるんだよ」
「さすがですね」
「それとな、あの娘は若い頃の母さんにそっくりなんだ。純真無垢で素直で謙虚で、まるで母さんの若い頃を見ているようだよ。だから派手な女とばかり付き合っていたお前が最終的にあの娘を選んだと知って俺は凄く嬉しかったんだ」
雄馬がニコニコしながら息子にウインクをしたので思わず壮馬の頬が緩む。
「だからな、絶対に大事にしろよ。嫁にもらうという事はその人の人生を丸ごと預かる事なんだからな。絶対に幸せにしろよ」
「はい、必ず」
そこで二人は目を見合わせて微笑んだ。
コメント
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花純ちゃんは、もうすっかり高城家の嫁であり 娘ですね....✨ 百合子ママも、雄馬パパも、花純ちゃんを可愛がり 大切にしてくれて嬉しいね....🥺💖✨
雄馬パパのお言葉が素晴らしい✨✨ 「お嫁にもらうということはその人の人生を丸ごと預かるということ」世の男性の考えがみんなこうだといいのにね〜😮💨 そして花純ンの目を見て人となりがわかるなんてさすが一大企業の社長ですね👀‼️✨ そして百合子ママも花純ンのヘアメイクを一手に受けてくれてこんな優しくてステキな義理のお母さんなんていないよね❣️ 本当に今日は最良の日です🎊🎉おめでとうお二人さん👩❤️💋👩