小鳥の囀りと頰に感じるほんのりとした陽の暖かさで、瞼を閉じたままでも朝が来た事がわかった。遠かろうとも可愛い囀りは耳に心地よくて、口元が自然とニヤける。枕は丁度いい高さで、マットも固過ぎず、体が楽だ。掛かる布団はふんわりと羽の様に軽いのに、とても暖かく気持ちいい。
(いいねぇ、もっと寝ていたいかも…… )
二度寝してしまおうかなと少し思って、違和感に思い止まった。
あれ?待って、ウチの布団ってこんなに気持ちよかったっけ?
カーテン閉めて寝るから、陽の光が頰に当たるとか無いよね?
——ん?閉め忘れたっけ?
…… 待って。それ以前に此処、ウチと違うニオイがする。花みたいな甘い香りと——
現状を思い出し、私は目をクワッと開いた。
そして即座にビクッと体を後ろに引く。おはようのキスが簡単に出来る距離に、カイルの顔があったからだ。
(——オカシイ。離れて寝たはずなのに、何でこんな距離に?)
驚いたが、抱きつかれたまま寝ていましたという訳ではなかった事に少し安堵する。当事者に確認するのは何か怖いから、お互いに寝返りでもして、この距離になってしまったのだろうと思う事にした。
近過ぎる距離に心拍数が上がってしまい、端正な顔から目が離せない。気持ちが落ち着かない。寝ていても芸術品みたいな綺麗な顔で、何かもう存在自体がずるいなと思ってしまう。
頰に感じる吐息は朝だっていうのにミントみたいないい香りがするし、寝汗だってかいてそうなもんなのに爽やかな匂いしかしない。
流石は神子といった所なんだろうか。
起こしてしまわないように、そっと後ろに移動しつつベッドから出る。夜着の中は何も着ていなかったので、このまま彼の隣で横になった状態でいる事が恥ずかしくて、これ以上は耐えられなかった。まるで『私を食べて♡』とでも言っているみたいな格好だと思ってしまう。こんな格好になった原因のカイルは気持ちよさそうに眠ったままである事にちょっとだけイラッとする。
音をたてないよう、そっと足を絨毯におろして周囲を見ると、窓の側にルームシューズが落ちていた。昨日カイルが投げ捨てた物だ。拾い上げて、私はそれを履いた。
「…… うわぁ…… 」
カイルの驚いた声が聞こえ、私は振り返った。
彼はまだベッドの中で、上半身だけ体を起こし、口元を押さえながらこちらを見ている。目元が赤く、瞬きもせずに見つめられて気持ちが焦ってきた。
(ど、どうしたんだろうか?)
「おはようございます。えっと、どうしました?何かありました?」
首を少し傾け尋ねたら、ふいっとカイルが目を逸らした。
「…… い、言ったら怒る?」と、歯切れの悪い彼の声。
「内容によりますけど…… 。話さない方が、怒るかもしれませんね」
わからないままは好きじゃ無いので私が本心を伝えると、『怒られたくない』って顔で、カイルが私を見てきた。
「あの、ね」
意を決した様な彼の声とその瞳をじっと見る。
「窓からの日差しで、その…… 夜着が透けていて、体のラインが丸わかりになってる」
「——ふぁ⁉︎嘘!やだ!」
言葉に驚き、慌ててその場にしゃがむ。なんて事だ!いい朝のスタートだと思っていたのに、まさか羞恥から始まるなんて!
「ごめん、えっと…… 綺麗だよ?とっても。朝から良いもの見たなーって、嬉しくなるくらい」
「き、気遣いの方向が間違ってます!そこは…… えっと、忘れるとか言って!」
恥ずかしさでそのまま動けずにいた私に、鍵のかかる部屋の中にあるクローゼットから持って来たかと思われる若草色のショールをカイルが肩からかけてくれた。それで体を隠し、やっとの思いで立ち上がる。
「夫婦なんだし気にしないで?…… ご馳走さま」
ニコニコ顔で言われた。でもその言葉、全然要らないです。
「だ、だから、忘れて下さいって」
「無理だよ、眼福だったのに。絵画にでも再現しちゃいたいくらい、とても素敵だったよ?」
「本当にソレ描いたら、焼き捨てますよ?」
「あーそれは流石にちょっと…… 」
「やめてくれます?忘れろとも、もう言わないんで」
ホントは言いたい。でも、言ったからって忘れてくれるはずもないだろう。
「残念だけどわかった。イレイラに嫌われたら、死にたくなるからね」
「簡単に死ぬとか言わない!」
「ごめんごめん。でも、嫌われたら生きていけないなって思うのは、本心だから」
その言葉に何も言えなくなる。心底そう思っているんだろうなって想像出来たから。
互いに黙ってしまう。
彼の過去を少しだけ垣間見てしまっているせいか、何と言葉を返して良いのか私にはわからなかった。
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