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#ヒューマンドラマ
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#大衆食堂
「お父様は、何がなさりたいの!」
そこまで言うと、櫻子の頬に涙が
伝った。
幼い頃、店に泊まり込み、臥せっていた母の元へ、父は寄り付かなかった。それ程、商いに力を注いでいたというのに……。
櫻子は思う。商いの為なのか、保身の為なのか、どちらとも言いがたい姿で、今、父は懇願している。これが、豪商と世に認められている商人の行うことなのかと。
「……落ち着け、櫻子」
少し苦しげに、息を吐きながら言う金原に、櫻子は、はっとした。
「……私……」
わっと声をあげ、櫻子は泣いた。
自分こそ、何を言っているのだろう。目の前には、傷を負った金原がいるというのに。
それを差し置いて、柳原家の立場を考えていた自分がいることに、櫻子は、ゾッとする。
体面を守るため、理由にならない理由を押し付けられて追い出されたというのに。
父に食ってかかったのは、結局、柳原家の商いを思って。そうだと気が付いた櫻子は、更に泣きじゃくった。
「櫻子ちゃん!やっぱり、帰ろう。あんだけの事があったんだ、そりゃー、泣きたくもなる!!」
風呂敷包みを抱えた龍が、廊下から覗きこんでいた。
「龍?」
余りにも早い戻りに、八代が首を捻る。
「いやね、屋敷に戻っていたら日がくれちまうと思って、途中で入りような物、買い揃えたんですよ」
聞けば、お玉が、例のおひねりの余りを持っていたらしく、その金で揃えたのだとか。
「いや、いや、柳原さん。わざわざ、すみませんねぇ。見舞いっつーか、謝りに来てくれて。けど、八代の兄貴。騒動は、うちが仕掛けたとも言える訳だし、いや、子爵も、妾連れ込んだりだ。どのみち、まとまらないものだったんじゃねぇーんですかい?」
土下座する圭助を見ても、どこ吹く風でさらりと流した龍は八代を見た。
「……柳原さん、続きは、後程……」
特に責めるわけでもない八代の返しに、圭助は、顔色を変えやっと悟ったとばかりに、櫻子を凝視した。
「ああっ!!わ、私は、なんて事を!!」
圭助の言葉は、それ以上聞き取れない。わあわあと、涙する声だけが響き渡る。
「ここ、一応病院なんだよ。騒ぐなら、皆、帰ってくれないか?」
無精髭を撫でながら、酒井が言う。
「うわっ、無茶言うわ、薮医者っ!」
「いや、龍。薮医者じゃなくて、もぐりだから」
わははは、と、龍と医者らしき酒井が笑っている脇で、金原が、八代を呼んだ。
「……櫻子の言う通りだ。約束事は、守れ……」
それだけ言うと、胸の傷が痛むらしく、金原は渋い顔をして黙りこんだ。
八代は、金原の意図を掴もうとしてか、大泣きしている櫻子と圭助をチラリと見ると、暫くの間考え込む。
「酒井先生、お邪魔のようですから、社長を連れて引き上げます。何かあれば、夜中だろうが叩き起こしに来ますので」
あいよ、と、機嫌よく酒井は答え、病室から出て行った。
どうやら、本当に、金原を連れて帰れと言うことらしい。
「では、柳原さん。約束は、約束。金原商店の取立てに応じてもらいます」
八代が静かに言う。
圭助も、腹を括ったのか、袖で涙を拭き、大きく頷いたのだった。
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