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#ヒューマンドラマ
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#大衆食堂
ヤスヨとキクは、驚きを隠せない。
主人、圭助が、意気消沈した状態で、この柳原の屋敷は金原商店に渡ったと言い切ったからだ。
さあどうぞと、重い口振りで圭助が導くのは、櫻子を連れ去った頬に傷のあるあの男。背中に若い男を背負っている。その側には、櫻子が、女の子を抱いて付き添っていた。
ヤスヨとキクは、いよいよ、ここも差し押さえられたのだと理解はしたが、何かが違うと戸惑ってもいる。
何より……。
「お父様!!!!どうゆうことなの!!!!今度は、何!!何なの!!」
廊下にへたりこんで泣きじゃくっている珠子を、どう扱って良いのやらと、二人は顔を見合わせた。
結納が中止になったと、顔をひきつらせた番頭に連れられ、珠子が屋敷にやって来た。
ヤスヨとキクは、そこまでしか知らない。
番頭と珠子の逃げ隠れするような素振りが尋常ではなく、子細を聞いてはならないと、感じ取ったからだ。
そして、珠子は、自室で休んでいたはずなのに、玄関の騒がしさに気づいたのか、何故か現れ、廊下で大泣きしている。
「珠子、静かにしないか……」
圭助が力なく言うが、珠子は、更に泣きじゃくった。
「あー、そこの女中さん達。布団敷いてくれねぇか。怪我人なんだよ」
金原を背負った龍が、遠慮なく上がり込み、廊下をドタドタ歩んで行く。
たちまち珠子が金切り声をあげた。
「珠子!」
圭助が、再び珠子を注意するが、そのいつになく厳しい口調に、ヤスヨは、珠子を部屋へ連れて行こうと動く。
すると──。
「……珠子さん、少しは……櫻子の気持ちが……わかったかい?」
金原が、龍の背中で呟いた。
ぎよっとする珠子を、ヤスヨが、引っ張って行くが、珠子は、怒りに任せ、叫ぶだけだった。
「……社長、ありゃ、なんも、わかってねぇようで……」
龍が、あきれつつ、部屋を用意してくれと再び言って、側にいるキクを見る。
「早くご用意を。もう、ここは、こちらの……金原社長のものなんだから……」
沈みきっている圭助の一言に、キクは、ひっと息を飲む。
つまり、あの悪名高い鬼と呼ばれている男がやって来たということで、しかし……、その男は、思いの外、若い。更に、怪我をしている様に伺える。
キクが、動揺していると、
「キクさん、私も手伝いますから……」
櫻子が、声をかけた。
「あ、ああ、櫻子さん、そうかい、手伝ってくれるかい」
言って、キクは、はっとした。
櫻子は、前にいる、この男達の元へ連れて行かれたのだ。
「い、いや、あの……」
今までの櫻子とは異なる、どこから見ても、良家の若奥様風の装いにも、キクは面食らい、口ごもる。そこへ、圭助が、苛つきながら命じて来た。
「キク!何をしている!金原さんは……勝代に、刺されたんだ……!部屋を早く用意しろ!」
「ひいい!!」
圭助が発した、刺されたという物騒な言葉に、キクは驚きから、廊下へ転がり込んだ。