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「さて、次は僕が貴女にマッサシージをして差し上げますね」

「いいえ!雇用主にそんな事はさせられません」

カーネの考えは頑なで、必死に首と手を横に振る。だがメンシスはソファーから立ち上がるとすぐにカーネの脇裏に手を入れて体を持ち上げて反転させ、先程まで自分が座っていた位置にぽすんっと彼女を座らせた。子供の様に抱え上げられた事に驚いてぽかんとしている隙にカーネの靴と靴下を脱がせていく。素足になった足を自らの膝の上に乗せると、メンシスは満足気に顔を綻ばせた。

「あ、あの、本当に私は結構ですから」

「いやいやダメですよ。結構歩いたから、足がもうパンパンじゃないですか。これはちゃんとケアしないと」

「それならそれで、自分でやりますので」

申し訳なさと素足を見られる気恥ずかしさが重なり、何度もカーネが断りを入れる。だが彼がその言葉を聞き入れるはずがなく、メンシスはゆっくりとカーネの脚にマッサージを施し始めた。

「うっ、あっ——」

メンシスが親指に力を入れるたびにカーネが声を洩らす。「痛かったですか?」とメンシスが訊くと「いえ、大丈夫です」と返すが表情は相変わらずで、申し訳なさそうに眉を下げたままだ。

「少し脚がむくんでますね。これだと、オイルマッサージの方がいいかもしれません」

「オイル、マッサージ……」

料理に使うオイルしか思い浮かばずにいると、メンシスは魔法を使って瞬時にマッサージオイルの瓶を何処からともなく取り寄せた。

「雑貨屋で見かけて気になって、買っておいて正解でした」

瓶の蓋を開けて手の上にオイルを垂らしていく。両手を重ねて少し温めると、ぬるつく手でカーネの足をメンシスが揉み始めた。

「血行を良くする事でむくみを解消し、自律神経の調節もしていきますね」

「あ、はい」

反射的に返事をしたはいいが、カーネは『自律神経』という単語の意味がわからない。だが説明を求めても理解出来る気がせず、もう全てを諦めて流れに身を任せてみる事にした。

「蜂蜜ベースのマッサージオイルなので、甘い匂いがしませんか?」

「……そう、ですね。確かに」

くんっと匂いを嗅いで、カーネが頷いた。そんな些細な仕草すらメンシスの心をきゅっと容易く掴んでいく。

「貴女の匂いと混じって、一層甘い匂いになっていっていますね」

「……にお、い?」

ニコッと微笑みながら見上げてくるメンシスと視線が合い、カーネの体が固まった。 よくよく考えてみると散々歩いてきた後の足だ。汗もかいているし、靴のせいで蒸れて臭い可能性が半端なく高いのでは?と今更思い至り、少しでも彼から足を遠ざけようと咄嗟に両足を揃えて上に持ちあげてしまった。


膝丈までのスカート姿だというのに、だ。


「——っ」

そのせいで、メンシスの目の前にスカートの中身が晒された。ぴたりと閉じられた太腿の奥に真っ白なショーツが見事なまでに見えているのだが、カーネは動揺のせいで全然現状に気が付いていない。


「す、すみません!私の足、絶対に臭いですよね!す、すぐに浄化魔法をかけますから、ちょっと待ってもらえませんか⁉︎」


慌てながらカーネが大きな声をあげた。足を少しでも彼から遠ざけようとあげている脚のせいで、ずっとメンシスの目の前にショーツが晒されたままである。さっさと足に浄化魔法をと思うのに、動揺しているせいか上手く魔法を発動出来ず「あ、あれ?」とこぼしながらカーネが焦っていると、メンシスが右手で彼女の足をギュッと片手で掴み、左腕を横にしてふくらはぎと太腿の間に入れて彼女の体を押さえつけた。

「きゃっ!」

変な体勢のまま押さえつけられた事に驚き、カーネが叫ぶ。脚で胸が押されて少し息が詰まった。


「駄目ですよ。こんな姿を、“私”の前に晒しちゃ」


メンシスの目が座り、声がワントーン低くなる。ふわりとした雰囲気は無くなって口元は弧を描いているのに、大きな黒い尻尾が嬉しそうにパタパタと動いていて状況との温度差が激しい。

「あ、あの……シス、さん?」と問うカーネの声が震える。この状況が読めずに困惑していると、メンシスがカーネの足に顔を近づけてきた。

「何をし、——ヒャンッ!」

熱くてぬるっとした感触がカーネの足の指を包み込む。そのせいで背中を反射的に逸らすと、掛けていた眼鏡がズレてソファーの上に落ちてしまった。

「……あぁ、美味しい」

うっとりとしたメンシスの声がカーネの耳に届く。彼女が必死に状況を把握しようと足の方へ視線をやると、蜂蜜でぬるりとしている足を彼が美味しそうに舐めていた。丹念に、一本ずつ。飴を食べるみたいに舌先で肌を舐めたり、口内に含んだりとやりたい放題だ。


「駄目です!いくら蜂蜜が美味しくたって、汚いですよ⁉︎」


腕を伸ばしてメンシスの頭を必死に押し返そうと試みる。だけど足の甲を指先で撫でられ、さらりとした彼の髪と温かな獣耳の感触に酔う間も無く、カーネの体から力が抜けていく。

「貴女に、カーネの体に、汚い箇所なんかあるわけがないだろう?」

興奮ですっかり溶け切った瞳が彼の長い前髪の隙間から見え、カーネがその碧眼に魅入られていく。熱が籠った彼の瞳が強く自分を求めている気がして抵抗出来ない。

話し方がすっかり素に戻ってしまっているが、メンシスはそのまま言葉を続けた。


「八つ裂きにして庭に投げ捨てようと何度も思った“体”だったのに、“あるべき姿”に戻ったというだけで、こうも魅惑的な存在になるだなんて…… 」


ボソボソと小さ過ぎて、カーネには彼の発した言葉がきちんとは聞こえなかった。

「え?」とカーネが訊き返しはしたが、メンシスは答える事なく彼女の足を|喰《は》む。そのせいでカーネの体が小刻みに震えたが、恐怖からというよりは、初めての感覚に溺れつつあると言った方が正しいだろう。

「ングッ、く、ふっ」

頬が高揚で染まり、熱い吐息が口から洩れ出る。体には力が入らず、だけど必死にメンシスの獣耳を掴み続けた。

「……甘い匂いが、もっと強くなってきたな」

足の甲に口付けを贈り、唇が段々脚の上に向かって滑っていく。その間じっとメンシスの瞳はカーネの目を見詰め続けたもんだから、彼女の体の熱が下腹部に集まっていった。訳がわからず、状況が把握出来ず、カーネの頭の中が真っ白になっていく。抵抗せねばという気持ちすらもう持てず、ただただ与えられる強い刺激という沼に嵌っていった。


「あぁ、んっ、ふっ……」

自分から出ているとは思えぬ程に甘い声がカーネの口から溢れ出た。じわりと下着が濡れ、ビクッと大きく体が跳ねる。

「足も、細いこの脚も……とても綺麗だよ、“私”のカーネ」

ぐったりと、カーネがソファーの背もたれに頭と体を預ける。意識は虚で、もう何も彼女の耳には届いていない。

「もしかして……イッた、のか?」

カーネの足をゆっくり床に下ろし、腕での拘束を解いてメンシスが彼女の顔に近づく。甘い吐息をこぼすだけでまともな返事は無く、カーネは視線を宙に彷徨わせている。

「あぁ、可愛いなぁ。——でも」と言い、メンシスがガッと大きな手で顔面を掴むと、耳元でそっと囁く。


「さて……今後私を警戒しそうな記憶は、消しておこうか」


——と、言うが同時に神力を手に込めて、カーネの記憶の中にある不健全な部分のみを消し去っていく。

「“今の君”がまだ不完全な存在で助かったよ。昔の様に“私”と対等なままだったなら、こう都合良くは記憶を弄れないからね」

「シ、ス……さん?貴方は、一体……?」

か細い声でそう言った後、カーネは気を失って倒れてしまった。そんな彼女の体を横抱きしにて持ち上げると、メンシスはカーネを寝室に運んで行く。


(|シェアハウス《テリトリー》には引き入れた。後はじわじわと心を絡め取って、私への恋心を育てさせるだけだ)


ニッと笑い、メンシスが歩みを進める。

「それにしても、普通にマッサージをしてあげるだけのつもりだったのに。あまり私を刺激しないで欲しいな」

そう言って、眠るカーネの頬にキスを落とす。心はまだでも、愛おしい者の体に触れられる喜びを噛み締めながら。

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