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「ぐっ……」
まるで時間が止まってしまったかのような静寂の中、微かな呻き声が空気を伝導して聴こえた気がした。
「――っ!!」
それは明らかにこの場で息づく者以外――“第三者”の声。
「何とか生きていたか? タフと言うか何と言うか……」
それは錐斗の反応からも明らかだ。その声からは安堵も感じられるのは気のせいだろうか。
“雫は――幸人は生きていた”
「幸人お兄ちゃんっ!」
その事実を認識した悠莉は、悪夢から醒めたかのように愛しき者へと呼び掛ける。
“生きていた”――それだけでいい。
しかしどうした事だろう?
雫に反応する気配が無いのは――
“幸人……お前、もう――”
同じく一緒安堵したが、まだ予断を許さないのは重々承知なジュウベエの不安。
「だがもう限界だろ幸人? 身体の損傷もそうだが、力の行使も限界に来てる筈だ」
それは雫が戦闘はおろか、日常的行動も困難な状態にあるという事。
不安は的中する。
雫は反応が無いのではなく、動きたくとも動けないのだ。
この状態では誰でも止めを刺すのは容易。だが錐斗は見下ろしたまま、その行程に移行する素振りを見せない。
「もう終わりにしようぜ幸人。先程の強大な氷を発動する為、お前は相当な精神力を労した筈だ。もう……力は残ってねぇんだろ?」
それは事実上、この戦闘の決着を意味する。
先天性であれ後天性であれ、異能は無尽蔵に使える都合良い力ではない。
異能発動には大変な集中力と、それに見合った精神力を酷使する。そしてそれは肉体にまで影響を及ぼす程の。
「あれ程の氷を造り出したんだ。俺から見ても只で済まない事は分かるぜ? その後の動きも鈍くなってたしな……」
発動する力の割合が高ければ高い程、その浪費は膨大なものとなり、その影響は身体の至る所に現れる。
頭痛、吐き気、目眩、動作緩慢等々、あらゆるマイナス要素が“対価”として自身に降りかかるのだ。
中でも恐ろしいのが、限界を越えた行使によるオーバーヒート。即ち異能を認識する脳への情報量過多――許容超による焼き付き。つまり廃人化。
焼き付いたエンジンは二度と修復出来ない。
異能とは超常現象を操る力を得る代わりに、その対価として背負う諸刃の剣。
その力を行使する者は、各々の背丈に合った分量を見極めなければならない。その己自身との闘いでもある。
「もう分かったろ? 最早お前に勝ち目はねぇ……。死んだら全てが終わりだ。お前もそれは望む処じゃねぇだろ?」
錐斗が止めを刺さない訳。それはこれがラストチャンスの意味合い。
例え極限に近い戦闘の最中でも、やはり彼は出来れば雫を殺したくはないのだ。
そして雫の死が意味する事は、何も本人のみの問題だけに留まらない。
それは自身以外の全てを――。だが死んでしまえば守る事も出来ない。
取るべき道は――答は火を見るより明らか。
「ぐっ……それでも――俺は屈しない」
だが身動きすらも困難なこの状況に於いて尚、雫の答は揺るがなかった。
「そうか……。苦痛や恐怖、例え死でもお前を屈せる事は出来ないんだろうな。立派な心掛けだ……」
本当に残念そうな声で――錐斗は雫へ背を向ける。
雫の答が変わらない以上、止めを刺すのではないのか? これではまるで――
「だがその糞みたいなプライドが、如何に無力かを教えてやる」
一瞬、見逃すと思われた錐斗の視線の先に在るのは――
「えっ!?」
その視線の意味に悠莉も気付いた。
「お前がくだらん意地を張る以上、仕方ねぇ……あの子は殺す」
はっきりとした殺意を以て、錐斗はゆっくりと――立ち竦む悠莉へと向けて歩を進める。
禍々しく輝きを増した右腕が、彼の咄嗟のハッタリではない事を意味していた。
「勝弘……テメェッ! 悠莉には手を出すな! お前の相手は俺だろうがっ!?」
雫も当然、反応するが肝心の身体が動かせない。
遠ざかっていく背中が――不意に止まる。
「……言わなかったか? 俺は狂座を潰すと。俺達と共に歩まない以上、例外はねぇ」
片目だけを這う雫へと向け、本来の主旨が何かを冷酷に吐き捨てる。
「ざっ――けんなぁぁぁ!!」
雫は動けなくとも、有らん限り吼えた。吼え続けた。
「なら認めろ。いや、認めないだろうなお前は……それは俺もよく知っている。そのせいであの子が死ぬ事になっても――」
だが言葉だけでは何も変わらない。この決定的な状況だけが現実。
生殺与奪は錐斗の掌に有り、また雫の心意気一つでそれは覆せる。
だが変わらない以上――
「お前は誰も守れない」
再度錐斗は歩み出す。もう――振り返らない。
「やめろぉぉぉっ――!!」
そしてその悲痛な声が届く事もない。
無常に――ただひたすら無常に、二人を紡ぐ距離が離れていくのだった。
「ちょっ――ちょっと待て勝弘! 落ち着け、少しおかしいぞお前っ!?」
ゆっくりと歩み寄って来る錐斗の姿に、ジュウベエは焦りに説得を試みるが、勿論この言葉は彼等以外に例外はない。
「済まないな二人共……。アイツの目を覚まさせる為にも――死んでくれ。恨んでくれても構わん」
だが仮に伝わったとしても、錐斗は歩みを止めようとはしないだろう。
「待て待て! 目を覚ますのはお前の方だろ!?」
なら二人の取るべき道は――
「ねぇどうしよう? 闘うしかないのかな?」
悠莉の迷い――それは今出来うる選択肢の一つ。最善ではないとはいえ、このままでは間違いなく殺されるであろう事は、錐斗の決意からも明らかだ。
普通に闘っても勝てる筈がない。だが彼女の力を以てすれば――
「いや、大丈夫だよお嬢」
何か妙案でもあるのか、ジュウベエは戸惑うしかない悠莉を見上げて制止の構えを見せた。
「この結界内に居る限り、アイツはオレ達に手は出せねぇ――って、あぁ!」
だがジュウベエは自分で言って、すぐに気付く。
確かに異能力は受け付けないが、マイナス電磁波を素通り出来る“手”は出せるという事に。
しかも錐斗だからこそ、マイナス電磁波の人体への影響を省みない。実際は悪影響を及ぼしているだろうが、ジュウベエや悠莉にとってはそうはいかない。
下手に動けば――その影響は死か、それに準ずる程の。
「ちょっ――タンマタンマ!」
つまり絶対安全の筈の結界が、寧ろ仇になっているという事に。
逃げる処か、この状況では闘う事すら至難。だからこそ、その事実を理解してしまったジュウベエは足掻くしかない。
「えっ――なになに!?」
腕の中でもがくジュウベエを怪訝に思う悠莉は、まだその事に気付いてはいないが。
「相談中の処悪いが……お祈りの時間だ」
だがあれこれ考えている暇は無い――
「苦痛は一切与えない事を約束するから、安心していい」
既に錐斗が二人の眼前へ。マイナス電磁波の範囲から内部へ入り込もうとしていた。
もう闘うしかない。例え勝てないにしても――と、逃げる事も出来ないなら取るべきは一つ。はからずとも決意した悠莉が、臨戦態勢に移行しようとした、その瞬間の事だった。
“滅せ――”
「えっ!?」
確かな声が聴こえたのは。だがこれは空気を伝導する“音”の類いのものとは何処か違う。
どちらかというと頭の中に囁かれる類いの、“感じる”もの。
「――っ!?」
悠莉のみならず、錐斗も気付いた。その得も知れぬ感覚に。