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「新入りだ」
兵は牢の錠前を開けると、まるで、荷物か何かのように、連れて来た男を放り込んだ。
「まあ、仲良くするんだな」
兵は言い捨てて消えたが、夢龍は、つい、叫んでいた。
「黄良!!どうした!!」
「あー?どうしたもこうしたも、喧嘩して取っ捕まっただけよ」
と、いつものように、うすらとぼけた口調で言うのは、確かに、黄良だった。
「黄良!いったい……」
何か考えがあっての事だろうが、夢龍には、皆目見当がつかない。肝心の黄良が投獄されては、誰が、夢龍を救い出してくれるのだろう。いや、春香は……。
「あー、店は無事みたいだぜ」
黄良は、ぶっきらぼうに、どこか他人行儀な態度で、夢龍に接してくる。
その視線の先をたどると……。
背を向けた男が横になっている。
そうだ。人、が、いたのだと、夢龍は、気がつき、なんで、けんかなどと、当たり障りのない話を持ち出して、黄良の出方を伺った。
「いやー、なんだか、酒飲み過ぎて、挙げ句、禽獣め、と、言われちまってなぁ、まあー、わかっちゃいるが、なんとなく、ムカッときたのよ」
「そうか。お前なら、そうだろうな」
「やっ、夢龍、なんだ?その、お前ならってのは?」
「ん?特に、深い意味はない。思ったことを言ったまでだ」
と、まるで、じゃれあっているかのような、二人のやり取りに、横になっていた男は起き上がり、おや、あんたは、と、黄良を見た。
「知っているのか?」
夢龍の問いかけに男は、
「いや、その風貌が珍らしくてなぁ、つい、みとれたのよ」
と、わはははと、そらぞらしく笑った。
「うむ、確かに。その腫れあがった顔では、皆の視線がさぞかし、キツかったことだろう」
夢龍も、男に合わせて笑った。
「あー、はいはい、喧嘩の末に、やって来た兵に、ここぞとばかり、やられちゃー、まあー、さすがの、俺様も手がでねぇ。っていうか、まったく、やられっぱなしで、この様よ……」
黄良も、ははっと、笑いかけたが、痛てっと、頬を押さえ、渋い顔をする。
──いや、俺様、なる黄良なら、いくら、多勢に無勢でも、捕まることなどない。そもそも、逃げ出しているのに、わざわざ、喧嘩などするはずもなく……。
どっこらしょと、どこか、疲れた様子を見せて、黄良は、床に転がった。
「夢龍、後で、それ、はずしてやる」
言ったきり、黄良は、眠りについた。
──やはり、黄良は、わざと。
そう、夢龍の身を案じて、捕まったのだ。
言う、それ、は、夢龍の手枷《てかせ》のことだろう。
しかし、どうやって。そして、もう一人男が、いる。
定期的に巡回してくる兵の目も、ある。
どうごまかすのか、と、夢龍に、不安がよぎったが、思えば、黄良の方が悪巧みに長けている。
何か、方法を考えているのだろう。
逃亡のせいか、喧嘩のせいか、黄良は、疲れきっているようで、高いびきをかいていた。
その姿を眺めながら、店は無事だと言った、黄良の言葉に夢龍は、ほっとしていた。
春香は、まだ、捕まっていない。
きっと、今頃は、もう街から逃げ出していることだろう。
──その頃、同じ敷地内の、母屋。長の棲みかには、客人が訪れていた。
蔚山《うるさん》の、商人が、販路を広げたいと、願い出ていると、報告を受けた学徒は、足取り重く、客間へ向かった。
そんなもの、持参するモノ次第だろうに、逐一、願いだ、なんだと、鬱陶しいと、内心苛立ちながら、その客人を前にした学徒は、密かに息を飲む。
控えているのは、女。
そして、きちんと、納めるモノも、用意して学徒が現れるのを、平伏して待っていたのだ。
つかつかと、なに食わぬ顔で、上座に座《ざ》すると、学徒は問うた。
「そなたは?」
前に控える女は、頭を下げたまま名乗る。
──金智安《キムチアン》
そういえば、蔚山に、やり手の女商人がいると、耳にした事があるが、それ、なのだろうか。
「うむ、そう、かしこまらなくとも良い」
学徒は、智安に、頭を上げるよう言った。
その、ずる賢い双眸は、もちろん、上納されるであろう、包みと、頭を上げた智安の容姿とを、交互に見定めていた。