翌朝仁は早めに目が覚めた。
昨夜からドラマ原作に取り掛かり夜遅くまで起きていたのになぜか早く起きてしまう。
朝食用のパンを買い忘れていた事に気付き歩いて数分のパン屋まで買いに行く事にした。
別荘を出た仁は少しひんやりとした朝の空気を感じる。
(こっちはもうすっかり秋だな)
残暑が厳しい東京とは違い軽井沢はもうすっかり秋だ。
赤や黄に色づく木々の葉、澄み切った青い空、少しひんやりとした乾いた空気が秋の訪れを知らせてくれる。
一昨年秋にここを訪れた時にはパン屋に行く際リスを見かけた。今日はいないのだろうか?
パンの香りが漂ってくると店に到着した。店に入ると更に良い香りがしている。
仁は朝食用のパンを三つと明日の朝食用に食パンを購入すると店を出て今来た道を戻り始める。
別荘に戻るとコーヒーを淹れてからテレビをつけパンを食べ始めた。
(うん、焼きたては美味い)
満足気に頷くと仁はテレビのニュースを見る。その時交通事故のニュースが流れた。
『昨夜関越自動車道で乗用車と大型トラックが追突する事故がありました。トラックの運転手は軽傷で済みましたが乗用車に乗っていた家族連れのうち後部座席に乗っていた3歳の男児が死亡。一緒に乗っていた両親も重傷で現在病院で治療を受けています。事故の原因は______』
その時仁は『エンジェル』の子供の事を思い出す。
『エンジェル』の話が嘘でないとしたら彼女の息子が死亡した時もこのような状況だったのだろうか? だとすると彼女の悲しみは計り知れないものだっただろう。
そこで仁は昨日見た『エンジェル』の顔を思い浮かべた。
『エンジェル』は女神のように美しかったがやはりその表情にはどこか影があった。
子供を亡くしてからまだ2年。それだけじゃない。その後には離婚をしてここ軽井沢へ移住した。
生活が落ち着いたのはおそらく最近になってからなのではないだろうか?
仁はフーッと息を吐く。
昨夜寝る間際まで仁は悩みに悩んだ。『エンジェル』に話しかけるべきかそっと見守るだけか、その二つのうちどちらにするかいくら考えても答えは見つからなかった。
そこで発想の転換をしてみる。
(俺は『God』。『神』なんだ。だったら運命に任せてみるか)
だから今日仁は変装をせずにあえて普段の姿まま道の駅に行く事にした。
そこでもし『エンジェル』が仁に気付いたとしても話しかけてくるかどうかはわからない。それならそれでいい。とにかく全てを自然な流れに任せてみようと思った。
(もし今日接触がなかったとしても『God』として『エンジェル』とのやり取りは続くんだしな)
仁はそう自分を納得させる。
午前10時半になると仁は出かける準備を始めた。シャワーを浴びてから着替える。
この日仁はジーンズに黒のプルオーバーのパーカーを着た。帽子は被らずに短めの緩いウェーブヘアに少しワックスをつける。そしてサングラスの代わりに普段外出時にかけている薄茶のレンズの洒落た眼鏡をかける事にした。
もちろんマスクもつけない。その代わりに口周りと顎にある短い無精髭を少し整えた。
準備が終わると仁は財布とスマホを手にして車へ向かった。
道の駅に向かって車を走らせながら仁は少し気持ちが高ぶっていた。
(まあ『エンジェル』が来ないっていうパターンもあるだろうからあまり期待はするな)
あえてそう思う事にしてなんとか気持ちを静めようとする。
やがて道の駅に到着すると仁は駐車場全体を見渡せる左寄りの後方に車を停める。
仁はエンジンを切ると静かに『エンジェル』を待つ事にした。
先ほど仁は『エンジェル』に「おはよう」のメッセージを送ったがまだ返事は来ていない。
休日の朝の『エンジェル』は朝寝坊派なのか? それとも日頃出来ない家事や雑用で忙しいのか? それは仁にもわからなかった。
(ん? まさか急用が出来てここへは来ないとか?)
そう思いながら仁は少しがっかりしている自分に気付く。そしてもう一度スマホをチェックしてみたが『エンジェル』からの返事はなかった。
その時車の音がした。仁がその方向を見るとアイボリーのジムニーが駐車場内を走っている。そしてジムニーは仁の車の斜め前に停まった。
(来たか!)
それとなくジムニーの方をうかがっていると運転席からは『エンジェル』が出て来た。
『エンジェル』は昨日とは違い長い髪を肩に垂らしていた。そのヘアスタイルはエンジェルを更にエレガントに魅せていた。
服装は昨日と同じジーンズスタイルで上は有名アウトドアブランドのオフホワイトのフリースを着ていた。今朝は少し涼しかったのでフリースにしたのだろう。昨日も似たような色のパーカーを着ていた、そして車もアイボリー。
(『エンジェル』は白系の色が好きなんだな)
仁は笑みを浮かべてそう思った。
ピュアな白系統の色を身に纏った『エンジェル』はまさに『天使』のようだった。
車を降りた『エンジェル』は野菜等を売っているマーケットへ入って行った。
(買い物か?)
仁は中へ入ろうかどうしようか迷う。しかし髭面の男が野菜売り場をウロウロしていたら目立ってしまうだろう。だから彼女が買い物を終えるまで車で待つ事にした。
15分ほどすると手に袋を提げた『エンジェル』が車まで戻って来た。買い物を終えたようだ。
『エンジェル』は一度ジムニーに荷物を積み込むとすぐに蕎麦屋へ向かった。
仁はニンマリと微笑む。
(本当に毎週蕎麦を食べているんだな)
エンジェルが店に入ったのを確認すると仁も車を降りて蕎麦屋へ向かった。
仁が店に入るとスタッフの威勢のいい声が響いた。
「いらっしゃいませ! おひとり様ですか?」
「はい」
「じゃああちらのお席へどうぞ」
「ありがとう」
仁が指示された席へ向かうとその席はなんと『エンジェル』の斜め前の席だった。
(なんかやたらと『斜め前』が多いな)
苦笑いをしながら少し緊張気味に椅子に座る。
職業柄普段はストーリーを牽引していく側の仁だが今日ばかりは先の予測がつかない。
この先どんな展開が待っているのかどんな状況に陥るのかが全くわからないのでワクワクする反面不安も大きい。
(まあ、なるようになれだ)
そう思いながらメニューを開き何を食べようか考えた。
その時斜め前の『エンジェル』が店員を呼び止めて注文を始めたので仁も別の店員を呼んで『天もり蕎麦』を頼んだ。
スマホをいじるふりをしてさり気なく『エンジェル』を観察していた仁は『エンジェル』がバッグの中からスマホを取り出すのに気付く。『エンジェル』は何かを打ち込むと微笑んでからスマホをテーブルの上に置いた。
その瞬間バイブモードにしていた仁のスマホがビービーと音を立てて震えた。
(ま、まずい……)
しかし『エンジェル』は全く気づいていないようだ。それもそうだ、店内にいる一人客はほとんどがスマホをいじっている。
(神経過敏になり過ぎだな)
仁はそう思いながらまずはバイブモードの設定をオフにした。そして『エンジェル』から来たメッセージをチェックする。
【おはようございます、じゃなくてもうこんにちはですね(笑)。これから休日恒例道の駅での蕎麦ランチです。今日はお給料日の後なので『天もり蕎麦』を頼んじゃいました】
メッセージを見た仁の頬が緩む。そこですぐに返事を送った。
【『天もり蕎麦』美味そうだな―。写真撮って送ってよ】
その時ちょうど『エンジェル』のテーブルに『天もり蕎麦』が運ばれて来た。『エンジェル』は店のスタッフに笑顔で会釈をするとスマホを手に取り仁からの返事を見る。それから真剣な眼差しで蕎麦の写真を撮り始めた。
あまりにも真剣なその表情につい仁は吹き出しそうになる。
そんな仁をよそに『エンジェル』は必死にアングルを変えながら何枚も写真を撮り続ける。
(おいおい、いつも俺に送って来る写真はそうやって何枚も撮っていたのか―? もしかして『エンジェル』は不器用か?)
再び仁の頬が緩む。
その後漸く納得した写真が撮れたのか『エンジェル』は何かを打ち込んでからメッセージを送信した。
その時仁にも蕎麦が運ばれて来たのでスマホを見るのを一時中断する。スタッフがいなくなってから『エンジェル』のメッセージに目を通した。
【これです。美味しそうでしょう?】
【おー美味そう! でもこの写真ってもしかしたら何枚も必死に撮ったうちの1枚だったりして?(笑)】
仁はあえて意地悪く返信した。すると『エンジェル』は途端に辺りをキョロキョロと見回す。
自分の行動があまりにも筒抜けだったので近くに『God』がいるのではと思ったのだろうか。その可愛らしい仕草に仁は吹き出しそうになる。
【写真を撮るの下手なんです! でもなぜわかったのですか?】
【僕は『神』だからですよ】
【嘘!】
【ハハッ、というのは冗談で返事が来るまで時間がかかったからだよ】
【なんだ、びっくりしたー。近くに『God』さんがいるかと思ったわ(笑)】
その返事を見て再び吹き出しそうになる。
(チェッ、なんでこんなに楽しいんだ。楽し過ぎるだろ)
仁はこのままやり取りを続けていたい気もしたが『エンジェル』が蕎麦をまだ全然食べいない事に気付き可哀想なのでそこでやり取りを終える事にした。
【じゃあ僕はこれから打ち合わせなのでまた!】
【お仕事お疲れ様です! じゃあまた】
そこで『エンジェル』はホッとした様子でスマホをテーブルに置くと漸く蕎麦を食べ始めた。
もちろん仁も美味しい蕎麦を久しぶりに堪能した。
コメント
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仁さんの相手を慮れる人柄が小説にも表れて人々を魅了するのでしょうね✨☺️さて綾子さんは仁さんに気付くのかなぁ!?💓🤭
結局 運命にまかせることにし、変装することなく 神楽坂 仁の姿で エンジェルさんの側に近づくGodさん✨ エンジェルさんから 早くメールが来ないかと ソワソワしながら待つGod仁さん....✉️💕キャアー🤭 きっと目が♡ハートマークになっているんだろうなぁ~😍💖 そして 蕎麦屋さんで Godさんへのメール送信のため 何度も蕎麦の写真を撮り直すエンジェルさんと、📱💥👼 その不器用な様子を 楽しそうに眺める仁さん🤭💕 こちらまで楽しくて、思わずニヤニヤしちゃいます😁w 自然な流れで 2人が会話できることを期待し、 ワクワクしながら 今後を見守りたいと思います🥰
読みながら微笑んでしまう仁さんの行動,下手すると怪しい人になるからお気を付けあそばせ…仁さん既に綾子さんが住みだしたね心の中に🫰