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その後仁は『エンジェル』よりも先に蕎麦を食べ終わってしまった。蕎麦があまりにも美味しかったのと孤独な独身男にありがちな早食いのせいだ。

仁がそれとなく『エンジェル』を見るとまだ美味しそうに天ぷらをモグモグしている。


(随分上品に食べるんだな)


仁は再び頬を緩ませる。なんだか今日は頬が緩みっぱなしだ。


その時仁は自分に向けられる視線に気付いた。

二つ隣の席に座る女性達が自分の事をチラチラと見ている。30代の女性二人組、OLの女子旅といったところだろうか?


(バレたか?)


仁は薄茶色のレンズがついた眼鏡をかけていたので身バレしないだろうと楽観視していたがそう甘くはなかったようだ。

仁はなるべく女性達の方を見ないようにして店員が持って来てくれたそば茶を飲む。

その時女性二人が少し遠慮がちに近づいて来た。そして仁に声をかけた。


「あの、神楽坂仁さんですよね?」


(チッ、バレちまったか)


「はい、そうですが」


「キャーッ、私大ファンです。『依子さんのディープな恋』毎週見ていますしその前の2作も見ました」

「私も毎週欠かさず見ています」


「それはありがとうございます」

「あの、よろしければサインをいただけますか?」

「いいですよ」


女性二人は笑顔で顔を見合わせてから手帳とペンを取り出して仁に渡す。


「ここでいい?」

「はい」

「えっとお名前は?」

「愛子です」

「愛情の愛でいいのかな?」

「そうです」


一人にサインを終えると今度はもう一人の手帳を受け取る。


「お名前は?」

「依子です」

「お? ドラマとおんなじじゃん。字も同じ?」

「はいっ、主人公と名前が一緒で凄く嬉しかったです」


女性は満面の笑みを浮かべ嬉しそうだ。

仁はサインを終えるともう一人に手帳を返した。


「ありがとうございます」


そこで片方の女性が言った。


「あのー、写真撮影は駄目ですよね?」

「いいですよ」

「やった! じゃあすみません」


女性二人はそれぞれ仁の両脇に並ぶと自撮り形式で写真を1~2枚撮影した。


「「ありがとうございました」」

「いえいえ、ドラマ見てくれてありがとうね」


そこで女性二人はお辞儀をしてからキャッキャとはしゃぎながら席へ戻って行った。



仁がホッと息を吐くと周りの視線が全て仁に集まっている事に気付く。


(まずいっ、全員にバレたか?)


仁は慌てて『エンジェル』の方をチラリと見た。しかしエンジェルはちょうど蕎麦盆を下げに来た店員の陰になっていて見えない。店員が立ち去ると『エンジェル』は以前と変わりない様子でそば茶を飲んでいた。


(バレなかったか?)


ちょっと残念な気もしたが仁は「まあいいか」と思い直す。




その時綾子は心臓がドキドキしていた。

店に入った直後斜め前に座った男性の顔を見てどこかで見たような気がしていた。その時『God』から届いたメールでハッと思い出す。


(え? まさか神楽坂仁氏?)


綾子はもう一度その男性をチラリと見て確認する。薄茶色の眼鏡をかけているのではっきりとはわからないがとてもよく似ていた。しかし同一人物だと確証が持てなかったのでもやもやした気持ちのままとりあえず『God』にメールを返信した。

『God』に神楽坂氏の居場所を聞こうかとも思ったが有名作家のプライベートについてをあれこれ聞くのも申し訳ないと思いとどまる。


(きっと他人の空似かもしれないし)


綾子は自分にそう言い聞かせた。


その後『God』からは蕎麦の写真を送ってとリクエストが来たので蕎麦の写真撮影を始める。

写真を撮るのが下手な綾子は四苦八苦してなんとか撮影し『God』へ送った。すると『God』から綾子の行動を見透かしたようなメールが届いたので驚く。それでつい綾子は反射的に辺りをキョロキョロと見回してしまった。


(ここに『God』さんがいる訳ないじゃない。彼は世田谷の自宅か出版社がある都会の真っただ中にいるはずよ)


綾子はあまりにも自分の動きが滑稽だったので思わず笑ってしまう。

しかし一人でニヤニヤしていたら変な目で見られてしまうので平静を装って蕎麦を食べ始めた。


(天ぷら美味しい……贅沢してみて良かった)


綾子は天ぷらをモグモグしながらふと思い出し『神楽坂仁によく似た男性』の方をチラリと見た。

すると男性の席には綾子と同世代の女性2人組が近付き何やら話している。

その後女性達はバッグから手帳を取り出し男性に渡した。手帳を受け取った男性はサラサラとその手帳にサインをしている。


(え? って事はあの人は本物の神楽坂仁なの?)


綾子の心臓は最大限に高鳴る。

そしてそのまま三人の様子をうかがっていると今度は女性二人が男性の両脇に移動し写真を撮り始めた。おそらく『本人』で確定だろう。


(まさかこんな所で会うなんて)


神楽坂仁が軽井沢に別荘を持っている事は知っていたのでいつか偶然会う事もあるかもしれないとは思っていたが、まさか今日会うとは思ってもいなかった。


(『フロストフラワー』のお礼を言わなくちゃ)


しかし店内では人目につき過ぎて話しかけ辛い。彼のプライベートをあまり邪魔はしたくはなかった。


(やっぱり外でかな?)


そう思った綾子はそば茶を飲み終えると会計へ向かった。


店を出ると少し右手に移動して待つ事にした。

綾子が壁にもたれかかり待っていると3分もしないうちに神楽坂仁が出て来た。

声をかける際はかなり緊張したが綾子は「エイッ!」と気合を入れて声をかけた。


「あ、あのっ」

「? 何でしょうか?」

「もしかしたら神楽坂さんですか?」

「そうです」

「あ、私あなたの本を全て読みました。あ、いえ、えっと一冊だけどうしても手に入らない本があったのですがその本を先日町立図書館に寄贈して下さったようで…『フロストフラワー』なんですが、本当にありがとうございました」


綾子は一気に捲し立てるとお辞儀をした。お辞儀をしながら自分の言葉が支離滅裂だったような気がして少し心配になる。


「え? って事はあなたが『フロストフラワー』を読みたがっていた方ですか?」

「はいそうです。あの『God』さんが神楽坂さんに頼んで下さったんですよね? ご存知ですか? 編集者の」

「ああ、はい。彼から話を聞いて寄贈させてもらいました。そっか、君は彼の本名を知らないんだよね? 確か二人はメールフレンドだったかな?」

「はい、そうです。あの私は内野綾子と申します。本当に本の寄贈をありがとうございました」

「いえいえこちらこそ。私の著書を全部読んでいただいたようでありがとう」

「あの、サインをいただいてもよろしいでしょうか?」

「構いませんよ」

「あ、じゃあ車の中に本があるので取ってきます」


綾子は慌ててジムニーまで走って行った。

仁は綾子の後をゆっくりと追いながら思う。


(名前は『うちのあやこ』か……どんな字だ?)


仁がジムニーの傍まで行くと綾子がちょうど助手席から本を取り出したところだった。綾子は本をペンと共に差し出す。仁が綾子から受け取った本は綾子が一番のお気に入りの『青峰岳ヒュッテに降る星』だった。


「この本をいつも車の中に?」

「はい。この本は一番のお気に入りで二冊買ったんです。一冊は家に置いてあってこれは車の中用です。時間があるとパラパラめくって読んでいます。あ、でも『フロストフラワー』を読んでからは二番手になっちゃいましたが」

「って事は今一番好きな本は『フロストフラワー』?」

「はい」

「そっかー、あの本はまだ家にいっぱあるんだけどなー。そうだ、良かったらプレゼントしますよ、住所を教えてくれたら送ります」


綾子はびっくりした。まさか著者本人から本を貰えるとは思ってもいなかったからだ。


「あ、でも住所を教えるのには抵抗があるかな?」

「あ、いえ、今いる家は叔母の別荘なので。住所はそこでもいいですか?」

「もちろん」

「じゃあちょっと待って下さい」


綾子は手帳を取り出して別荘の住所と名前を記入する。そしてそれを破って仁に渡した。

仁もその間に綾子の本にサインをし横に「綾子さんへ」と付け加えて綾子に渡す。


「じゃあ東京に戻ったら送りますよ」

「ありがとうございます。あ、サインもありがとうございました」

「いえこちらこそ。では」

「はい、お引き止めしてすみませんでした」


綾子はペコリとお辞儀をすると仁が車へ向かう後ろ姿を見送った。

この作品はいかがでしたか?

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コメント

8

ユーザー

お互いに接近しましたね😌ドキドキやわ

ユーザー

キャアー。・(つд`。)・。素敵♡♡♡ 綾子さん、勇気を出して頑張ったね....🥺🙏💖✨ 仁さん、エンジェルさんに声をかけて貰えて きっと嬉しすぎて 心臓ドキドキだよね⁉️😍💘♥️♥️♥️ エンジェルさんの本名がわかり、住所もゲットできた仁さん....😎👍️ これからどのようにアプローチするのかな❓️ 「God」さんとしての今後のやり取りも 気になる✉️💓

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