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十二月二十四日、クリスマスイブ。
今年のクリスマスは両日とも平日のため、奏は、自宅のレッスンとハヤマ特約店でのレッスンを振り替えで調整して連休にした。
怜はイブは通常出勤、翌日と翌々日は休暇を取り、奏との時間を満喫するらしい。
奏も二十六日は自宅レッスンが年内最後のレッスンだが、夕方からなので、ゆっくりできる。
この休暇は、泊まりがけで彼のマンションでのんびり過ごす予定だ。
十九時に豊田駅の改札前で待ち合わせをし、徒歩で怜のマンションへ向かう。
「奏。せっかくのクリスマスだというのに、俺のマンションで過ごすだけでいいのか?」
「好きな人と過ごすクリスマスは初めてだし、怜さんと一緒にいられるのなら、私はそれだけで嬉しいので……」
奏が柔らかく笑みを浮かべながら、首を縦に振った。
(そうか。奏は恋人と過ごすクリスマスは、俺が初めてか。しかし彼女は本当に物欲がないんだな。こういう女も珍しい……)
怜がぼんやり考えていると、奏が遠くに視線を向けながら、
「あ……でも……」
と、思い出したようにポツリと零した。
「何だ? やっぱり何か欲しい物でもあったのか?」
怜が微苦笑しながら奏に問いかけると、彼女はモジモジしながら彼を見上げた。
「欲しい物っていうか……怜さんと…………一緒に写真撮りたいです。カレカノになってから、まだ一枚も撮ってないし……」
「…………それだけでいいのか?」
彼が呆気に取られたように聞くと、彼女が頬を赤らめながらコクンと頷く。
プレゼントよりも、二人で過ごす時間を大切にしてくれる奏の気持ちに嬉しさが込み上げ、怜は立ち止まって周囲を素早く見まわした後、彼女の艶めいた唇にキスを落とした。
「ちょっ……怜さん……!」
不意打ちの口付けに、奏の表情が更に紅潮すると、怜は穏やかな声音で声をかける。
「とりあえず、うちに行くか」
「はい」
彼は、奏の小さな手を取ると、ゆっくりと歩き出した。
二人は、豊田駅から怜のマンションまで約十分程度の道のりを、緩やかな速度で歩みを進める。
怜は、恋人とクリスマスに自宅で過ごすのは、奏が初めてだった。
過去の恋人たちと過ごしてきたクリスマスは、高級ホテルのレストランで食事を楽しみ、高級ブランドのアクセサリーをプレゼントし、そのまま一泊して身体を交える、テンプレ通りの過ごし方をしてきた。
怜が社長の息子だという事もあり、かつての恋人たちは、ここぞとばかりに高い物をクリスマスプレゼントとしておねだりした。
正直、怜はうんざりしてはいたが、彼も歴代の彼女たちが喜ぶのなら、とお望み通りにしてきた。
それが現在の恋人、奏は、そんな事を一言も言わないし、高価な物を強請(ねだ)る事もない。
怜が拍子抜けするほどだ。
大型ショッピングモールの前を通り過ぎ、怜のマンションのエントランスが見えてきた。
その前で、一人の女性が立っているのが見える。
何の気無しに、怜と奏はマンションの中に入っていこうとした時だった。
「怜……!」
唐突に女性が彼の名前を呼ぶ。
襟元に白いファーがあしらわれた、男ウケしそうな同色のコートを羽織り、明るいブラウンの髪を緩く巻いている女性。
そこに佇んでいたのは、怜の元カノ、園田真理子だった。
「真理子……」
怜は目を見張りながら、かつての恋人の名前を呼んだ。
怜と真理子が互いに歩み寄り、距離を取った状態で向かい合う。
(げっ……クリスマスマスイブに元カノ参上って事は……サイアクの修羅場展開じゃん……)
怜から少し離れた所で、奏は能面のような顔つきで二人の様子を伺っている。
真理子と怜の後方に立っている奏の視線が一瞬ぶつかり合うと、奏は軽く一礼した。