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病室は二人だけになり、侑は瑠衣の頭を撫でると、最愛の女に覆い被さりながら優しく抱擁する。
「瑠衣…………良かった……生きて戻って来てくれて…………本当に……良かった……!!」
「ゆ……侑…………さ……ん……」
瑠衣が初めて侑の名前を呟いた事に、彼は僅かに目を見開きつつ、鷹のような鋭い瞳から雫が頬を伝い、瑠衣の首筋に落ちていく。
侑は人生で初めて人目も憚らず、ひとしきり咽び泣いた。
「……そう言えば、不思議な夢を見たって言ったらいいのかな。体験を……したんだよね……」
曖昧な焦点を病室の天井へ向けながら、瑠衣がポツリポツリと言葉を紡いでいく。
彼女の言う不思議な体験というのは、心停止した時の事を言っているのだろうか。
侑は穏やかな眼差しで瑠衣を包みながら『どんな事を体験したんだ?』と問い掛けた。
「すっごく綺麗な青いお花畑で…………凛華さんに会った」
「凛華さんって……あの娼館のオーナーだよな?」
瑠衣はコクリと頷き、侑は彼女の話に引き続き耳を傾ける。
「凛華さんと私の間に、小川が流れていて…………私が渡って凛華さんに近付こうとしたら、『愛音! あんた、その川を絶対に渡っちゃダメ! 川面から足を離しな!!』って……怒られちゃった。それでね、凛華さんが川面を見たから私も一緒に見たら……」
瑠衣が川面を見た時、全く動かない自分に医師の朝岡がAEDで心肺蘇生の処置を行なっている横で、侑が彼女の名前を何度も呼び続けていた、と聞き、彼は言葉を失った。
(瑠衣は…………あちらの世界に……本当に行き掛けたって事なんだよな……)
侑が口を閉ざしたまま考えていると、瑠衣は、またも現実ではあり得ない事を口にする。
「私がワケ分からなくなっていると、凛華さんが『ここにいる愛音は、あんたの魂。ほぼ死んでいるようなモンだよ。何でこっちに来ちゃうかな〜?』って苦笑いされちゃって……」
瑠衣の話を聞きながら、現実離れしているのに、妙にリアリティのある彼女の言葉に、侑は黙ったまま彼女の話を聞く事しかできない。
その後も、瑠衣の不思議な体験談が侑に語られていく。
娼館の火災の時、凛華が侑に瑠衣を託したのは正解だったと言っていた事。
瑠衣が侑の事を以前から好きだった事を、凛華は気付いていた事。
侑から貰ったお守りのトランペットを守りきれなくてゴメン、と謝られた事。
凛華があの烈火の海に巻き込まれて亡くなったのは瑠衣のせいではない、オーナーとしての仕事を最期まで全うしたまでだ、と言っていた事……。
「凛華さん、私と先生の事……けっこう気に掛けてたみたいで……」
侑の背中がゾワゾワと泡立っていくのを感じながらも、彼女は娼婦だった四年間、家族のように慕っていた女性に大切にされてきたと思うと、彼は胸の奥が鷲掴みされている感覚に襲われた。