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「凛華さん、言ってた。『あんたたちは恋人同士になっても、苦難の連続だった』って。今度こそ、響野様と幸せになるんだよって…………言ってくれたよ……」
その後に続いた『ほら、こんな所で油売ってないで、さっさと響野様の所に戻りな?』と言っていたらしいオーナーの言葉に、侑は照れながらも微かに唇を緩ませた。
(オーナーらしい言い方だな……)
凛華は瑠衣に言葉をそう残した後、綺麗な景色の向こう側に広がる眩い世界へ溶け込むように消えたという。
瑠衣の話を耳にしながらも、侑の瞳の奥に宿っている熱は、まだ冷める事がない。
「それから…………何としてでも響野先生の所に戻らなきゃって……必死で走ってたら、目の前が真っ白になって、気が付いたら…………ベッドの上で寝てた」
「…………そうか」
瑠衣の体験談を聞き終えた侑は、瑠衣の小さな手を取り、キュッと握ると、彼女もゆっくりと握り返してくれた。
「そういえば、瑠衣。やっと…………俺の名前を……呼んでくれたな」
「え? そうだった……?」
瑠衣は無意識に彼の名前を呼んでいたのだろうか。
久々に見る彼女の癖でもある、唇の右側にあるホクロに指先を当て、遠い目をしながら記憶を探っているようだった。
「何だ? 覚えてないのか?」
「…………覚えてない」
彼女の言葉に、眉根を寄せながら怪訝な表情を映すが、別の質問をして気を取り直す侑。
「…………お前の手術前に、俺が『先生呼びをやめて、そろそろ名前で呼んで欲しい』って言った時、瑠衣は『手術が無事に終わったら呼ぶ』って答えてくれた事は覚えてるか? 当然覚えてるよな?」
「っていうか、呼ぶとは言ってないし。呼ぼうかな? って言ったんだよ」
言いながら瑠衣は頬をプクっとさせる。これも彼女の癖の一つだ。
膨れっ面の瑠衣の表情に、侑は真顔で彼女に伝える。
「なら、今から『先生呼び』を止めて…………これから先、ずっと…………俺の名を呼んでくれ」
「…………え?」
真剣な眼差しを向けてくる侑に瑠衣は頬を萎ませ、戸惑いつつ彼の視線を受け止める。
(やっと死の淵から帰還した瑠衣に、自分の想いと愛を伝える事は酷だろうか……?)
ふと彼は遠慮がちに考えるが、瑠衣に伝えるなら今しかない、と思った侑は、細い指先を自身の指に絡めさせた。