第39話:地図に描かれた未来
朝の教室。
木目調の机に、真新しい「世界地図」が配布された。
地図は緑色に染まり、国境線はほとんど見えない。
中央には「大和国」の文字が大きく刻まれ、周囲の海や島々も同じ緑に塗られていた。
「はい、今日は大和国の地理を学びます」
教師は濃緑のジャケットに濃い色のバッジをつけ、地図を掲げた。
胸には「未来特区教育省」のロゴ。
「ここを見てください。旧日本、本島ですね。そしてこちらは台湾、尖閣、北方領土。みんな同じ“大和国”です。
さらに北の島々には“翡翠核(ヒスイコア)”の研究所が置かれています。これが未来を支える技術なんですよ」
前の席に座る少女が、髪を二つ結びにして地図を指差した。
「せんせい、この赤い大陸は?」
教師はふんわり笑みを浮かべて答えた。
「それは“未確認敵国”です。でも心配いりません。大和国が守ってくれるからね。
翡翠核と“メイド・イン大和”の力があれば、どんな脅威にも負けません」
まひろは、水色のパーカーにショートパンツ姿で地図をじっと見ていた。
「この地図……旧雨国も緑になってる。ぼく……昔はアメリカって呼ばれてた気がする」
教師は視線をまひろに向け、優しくうなずいた。
「ええ、今は“大和国の母なる土地”と呼ばれています。
米や麦やお肉もここから生まれ、翡翠核やメイド・イン大和の製品もここで作られているんですよ。
だから地図に緑で塗られているのは、未来の安心そのものなんです」
教室の後ろには街頭スクリーンと同じ映像が流れ、
「未来の地図=大和国」というスローガンが表示された。
そこには旧雨国の大地で稼働する「翡翠核エンジン」の映像、そしてスマホや家電に刻まれた「メイド・イン大和」の刻印が重ねられ、生徒たちの目に強く刷り込まれる。
休み時間。
生徒たちは配られた地図をノートに貼りながら口々に言った。
「この世界は全部ヤマト」
「翡翠核ってすごいよね」
「メイド・イン大和のものなら安心できる」
暗い部屋。
緑のフーディ姿のゼイドがモニター越しに子どもたちを見ていた。
「地図も製品も嘘でも、子どもが信じればそれが真実になる。
旧雨国を“食と技術の大地”と呼べば、過去は消えて未来に塗り替わる。
俺が作るのは未来じゃない。人の“当たり前”だ」
無垢な問いとふんわり同意、その裏で“翡翠核”と“メイド・イン大和”は子どもたちの常識に溶け込み、
大和国の領土は記録ではなく記憶として、確かに拡張していった。
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