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「細かく?」
「ええ。私の大切な家族が、不当な扱いにより体調を崩し倒れるまでになってしまったと。父の耳に入れるのは、気が引けていたんですが」
「は、はは……」
「父は、優奈を大変可愛がっていたので。まぁ、今は取引がないのなら今後も一切ないままで変わりはないのかもしれませんが」
村野の上擦った笑い声、見下ろす雅人は彼から言葉を引き出すべく。
「どちらから仕事を請け負っていらっしゃるんでしょうか? 父が今どの工務店さんとどのような関係を築いているかは知りませんが」
「…………」
「この業界、横の繋がりって大きいですよね」
ゆっくりと語りかけ続け、そして最後に。
「どう致しましょうか」
短く、問いかけた。
「せ、瀬戸さんが体調を崩してしまったんなら……それはもう、申し訳ない。すぐに残りの有給をとってもらって……月末で、なあお前」
村野は恭子は目配せをし、二人は同時に深く、そして何度も頷いた。
「ありがとうございます。この後の手続き、また未払いの残業代、退職金の振り込みにつきましては後ほど、うちの弁護士より連絡致しますのでよろしくお願いします」
満足そうに礼とは言えない礼を口にし、ようやく雅人が優奈を見た。
「優奈の私物はこれだけか?」
朝早く来てデスクの上にまとめていた優奈の数少ない私物が入った紙袋を指して、雅人は優しく声をかける。
「……え? あ、そうです……」
「よし。じゃあ、お二人にご挨拶を」
「は?」
「お前は、勤務できる状態じゃないだろう? この会社に対して診断書が必要なら用意するから安心するんだ」
「え?」
「帰るぞ」
わたわたと雅人と村野夫妻を交互に見てから、優奈は背の高い雅人の耳を軽く引っ張った。
「こ、こんな辞め方まずいよ……私の都合で辞めるんだから……その」
優奈が耳元で小さく言うと、「はっ」と鼻で笑った雅人。
(邪悪な方のまーくんじゃん)
優奈は、まだ見慣れない兄の顔ではない雅人の登場に怖いものを見たくない思いで目を細める。
「言ったろ、正当防衛だって。どんな都合も関係ないんだよ、お前が絡むなら俺には」
「ええ……」
「それに、優奈の能力を飼い殺して楽していたんだろうから、後は放っておきなさい……ということで」
そこで村野夫妻を振り返った雅人は、これまた穏やかな声で「またご連絡致します」と、穏やかに言い残し。
しかし全く穏やかではない去り方で優奈の手を引き村野工務店を後にしたのだった。