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私を跨いだまま上体を起こすと、匡の手が既に乱れたバスローブの合わせ目に伸び、勢いよく開かれた。
「ちょ――」
「――最後の男に、俺はなる!」
「はい!?」
どこかで聞いたことのある言い回しに、緊張感も感傷的な気持ちも吹っ飛ぶ。
「俺の腰の強さを見せてやろう」
膝立ちになった匡が、私の膝頭を掴み、押し上げる。当然、膝は曲がり、分娩台に乗っているような体勢となる。
「匡!」
「お前も、俺の最後の女な」
「冗談じゃ――」
「――冗談じゃねぇよ!」
『よ』と同時に一気に奥まで挿入され、せり上がってくる痺れに身を震わせる。
「あ……っん」
「あーーー……、キモチイ……」
匡の甘い声に、脳まで痺れそうだ。
私の膣内《なか》に挿入《はい》る時、こうして素直に気持ちいいと漏らす彼の声と、恍惚とした表情が好きだった。
気持ち良くしてやってる、みたいに上から目線で腰を振る男より、一緒に気持ち良くなってるって思えて嬉しいから。
別れた旦那とは、それほどセックスの相性がいいとは言えなかったから、今はあの頃より余計にそう思う。
「はっ……」
小さく、息を弾ませて吐き出し、匡が私の唇を食んだ。
それが、合図だ。
さらに奥へと腰を押し付けられ、自然と腰が浮く。
もっと深く、挿れてほしいとねだるように。
キスをしたまま、数回腰を打ちつけられた。
唇が離れて、匡が身体を起こし、私の足を脇に抱えると、より一層激しく突き上げられる。
「あ、んっ……。んっ、んんっ……」
パンパンッと肌がぶつかる音と、蜜が溢れるソコを掻き混ぜられるぐちゅぐちゅと淫靡な水音。
はっはっと腰の動きに合わせて吐き出される匡の息遣いと、それに応えるように漏れ出る私の嬌声。
セックスを、している。
夫ではない人と。
離婚した時、子供と別れる辛さを抱えて一人で生きていくんだと思った。
こうしてまた、人肌に包まれるだなんて思わなかった。
「きょ……お……」
匡の汗ばんだ手が、私の頬に張り付いた髪を払い、そのままその手が私の手に絡んだ。
「愛してるよ、千恵」
聞こえたような、聞こえなかったような。
「今度こそ、離さない――」
昨夜も、聞いた気がする。
「絶対、離さない」
きっと、本気だ。
私の知っている匡は、いつもふざけているが、冗談や軽いノリで『愛している』なんて言う男じゃない。
誰にでも優しいけれど、決して誤解されるほど距離を縮めない。だから、整った顔立ちで明るい性格の彼は女にモテたが、告白されることはほとんどなかった。
付き合おうと言われて始まった恋人関係だったけれど、『好きだ』と言われたのは初めてのセックスの時だったと、その翌朝に気が付いた。
『女に好きだって言ったの、初めてかも』なんて笑っていたけれど、あれは本当だったのだろうか。
今さら、確かめるつもりはない。
聞いても、何も変わらない。
そう思っていたのに、腰の強さとやらを思い知らされてぐったりした私の身体を抱き締め、匡は話し始めた。
「父さんが倒れたのは、兄さんが自殺を図ったショックからだったんだ」
「え……?」
「五歳年上の兄さんは、俺なんかと違ってすげー真面目でさ。小さい頃から父さんの跡を継ぐんだって頑張ってた。大学も札幌で経営専攻しながら、バイトとして父さんの秘書の下で雑用したり。そのお陰で、俺は好きな女と同じ大学がいいなんて不純な理由で東京に出るのも許されて」
「は……?」
好きな女と同じ大学……?
初めて聞いた。
じゃあ、私と付き合う前の匡には、大学まで追いかけるほど好きな女がいたってこと?
「小遣いのためにバイトしてたにしても、学費も生活費も親のスネかじってさ? ホント、兄さんには頭上がんなかったな」
私の疑問をスルーして、匡は話を続ける。
「大学卒業して次期後継者として入社して、色んな部署で経験を積んで、俺が東京で就職するのも許してくれた。四年の正月に実家に帰ったろ? あの時、結婚したい女がいるって話してて、すごく幸せそうだった。なのに――」
私の肩を抱く彼の手に力がこもる。
顔は見えないけれど、きっと苦しそうだとわかる。
「正月明け早々に、最大手の取引先が不渡りを出して、倒産したんだ。うちの会社は早急に資金繰りをしなければいけなくなった。その時、父さんが真っ先に助けを求めたのは、祖父さんの代から懇意にしている友人だった」
「助けてもらえなかった?」
「いや、助けてくれたよ。俺と兄さんの幼馴染で、子供の頃から兄さんのことが大好きな一人娘と兄さんの結婚を条件に」
「は?」
仰向けで寝ていた匡が、腕枕はそのままに寝返りを打ち、私と向かい合う。
「笑えるだろ。今時、政略結婚なんて」
言葉とは反対に、匡は笑っていない。寂しそうだ。
「兄さんに何の相談もなく、父さんはその条件を受け入れた。それだけ必死だったんだろうけど、騙される形で結納の場に引っ張り出された兄さんは、父さんへの尊敬とか頑張ってきた目的みたいなものを見失った」
「それで、自殺を……?」
「多分」
「多分?」
匡はお兄さんが『自殺を図った』と言った。つまり、お兄さんは亡くなっていないのだろう。
ならば、理由はわかったのではないか。
「結納の翌日、兄さんが交通事故に遭った。兄さんを跳ねた車の運転手は、兄さんが飛び出してきたと言ったらしい」
「お兄さんはなんて?」
「命に別状はなかったが、しばらく目を覚まさなかったんだ」
「でも、目を覚ましたんでしょ?」
「ああ。けど、目を覚ました兄さんは、何も話さなかった」
「事故のショック……で?」
「わからない。検査では異常はなかったらしいけど、とにかく誰の言葉にも反応しなくなった。特に、家族の言葉には」
「そんな……」
ふと、匡はお兄さんの事故をいつ知ったのだろうかと気になった。
一緒に暮らしていて、彼に変わった様子はなかった。
別れを告げられるまで。
お正月以降、卒業までは帰っていないはずだけれど、知らせを受ければ帰ったと思う。
知らなかった……?
そんなことがあるだろうか。
「お兄さん、今は?」
「当時の恋人と結婚して、香川にいる」
「香川?」
「そう。奥さんの実家があるんだ」
「じゃあ、お兄さんはすっかり元気なの?」
「ああ。子供も三人いて、幸せに暮らしているらしい」
違和感を持った。
お兄さんは本当に自殺を図ったのだろうか。
事故について語らなかったのに、本当に結婚したかった恋人と幸せを築いている。
政略結婚の相手は……?
「千恵は勘がいいな」
「え?」
眉間に人差し指を当てられる。
「あんまり皺を寄せると、取れなくなるぞ」
「失礼ね!」と、彼の手を振り払う。
匡は、ははっと笑うと、今度は眉間にキスをした。
「恋人にだけ反応を見せた兄さんを見て、母さんが会社から解放してやってほしいと父さんに訴えた。兄さんは家を出て恋人と結婚し、香川へ。俺は兄さんの代わりに呼び戻された」
「じゃあ……」
「うん。会社に入って三年経った時、父さんの秘書になって、同時に結婚した。兄さんが結婚するはずだった幼馴染と」
「今時、そんな――」
「――金を返せない以上、仕方なかった」
ドラマか小説のようだ。
歴史ある会社だって外資系に吸収合併されたり、共同経営という形で援助を受けたりしているのに、援助の見返りが結婚だなんて、ひと昔前の昼ドラのようだ。
けど、待って。
昨日、匡は『経営者じゃない』と言った。
『まだ』という意味?
けど、離婚したなら?
「はい! あとはまた今度」
テンション高めにそう言うと、匡は私の胸の、尖りより少し上に吸い付いた。
「匡!」
「この痕が消えるまで、どのくらいかな」と言いながら、付けた痕を指でなぞる。
「俺の話が終わったら、千恵の話も聞かせてくれ」
私の……話?
「ひとまず、俺のいないところでは禁酒な」
「なんでそんなこと――」
「――次は死ぬかもしんねーだろ」
「ねぇ! 昨日も思ったけど、なんで私が階段から落ちたこと知ってるの?」
昨夜も言った。
『階段から落ちるとか、シャレになんねーぞ』
「それも、次に会ったらな」
匡の手が尖りに触れ、声を出すより先に私は起き上がった。
「次なんて、ないよ」
ベッドを下り、散らばった下着や服を集めて着る。
その様子を、匡は黙って眺めていた。
「あるよ、次」
「ないわよ」
「気になるだろ? 話の続き」
「ならない」
「なってるくせに」
「なってない!」
そんな言い合いをしながら、私は身支度を整え、背を向けていて気づかなかったけれど、いつの間にか匡も服を着ていた。
彼の存在を無視して部屋を出る。
匡もすぐ後を追って来て、私の名前を呼ぶ。
ラブホテルの静かな廊下に自分の名前が響き、私は思わず振り向いた。
匡が、キマってないキメ顔で立っていた。
「あの頃に戻れないことなんてわかってる。だから、今から始めよう」
そう言った彼の表情に、私は十六年前に別れた時の彼を重ねた。