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第19話:命令しない都市の記録
都市樹の芯に近い“穏密層(おんみつそう)”。
情報中枢とも呼ばれるこの層には、
都市のすべての命令記録が脈動と光のパターンとして保管されている。
けれど、そこには記録されていないはずの奇妙な空白領域があった。
「この区画……命令が記録されてない。
コードも、反射も、音すら残っていない」
ルフォが目を凝らして言った。
金の羽は穏密層の薄暗い光でくすみ、
尾羽の褐色が反射する光を受けて微かに波打っていた。
彼は“命令で都市を動かすこと”に人生の大半を費やしてきた。
だが今目の前にあるのは、命令されなかった都市の一部だった。
そこへ、シエナが滑るように舞い降りる。
ミント色の羽は冷えた層の光をまとい、
尾羽の透明な膜が、まるで水中のように空気をゆらしていた。
彼女の肩にとまったウタコクシが、わずかに翅を震わせる。
音にならない音。
けれど、その振動は、空白領域に反応を起こした。
根の奥から、かすれた光が浮かび上がる。
命令ではない。記録ですらない。
それは、**命令も共鳴もせずに動いた都市自身の“記憶”**だった。
「……こんな反応、理論にない」
ルフォはゆっくりと尾羽を動かし、光の反射で都市に問いかける。
返ってくるのは、命令形式ではなく、やわらかな鼓動のような光脈。
それは「命令されなくても動いたときの記憶」だった。
この都市は、すべてが命令によって動いていると思われていた。
だが実際には、命令されないまま育ち、動き、選んだ枝や巣が存在していた。
それらは記録に載らず、
コードの外側に、“空白として”残されたままだった。
「記録されない都市……それが、ほんとうの“生きている都市”なのかもしれない」
シエナの尾羽が、ゆっくりとひときわ大きく光を弾く。
その光を受け、空白の都市がやわらかく形を変えた。
枝がひとつ、ゆっくりと開く。
その動きに命令はなかった。
あるのは、誰かがいたという“残響”だけ。
虫たちが枝の上を這い、かすかに鳴く。
その音は、記録されなかった都市の声なき証言。
ウタコクシがそれに応えるように翅を揺らし、
新しい“命令しない記録”を、彼らの心に刻みはじめる。
命令の外で動く都市。
記録の外で残る想い。
それらを知ることが、
奏樹の本当の“歌”なのかもしれない。