テラーノベル
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その日の昼休み、西岡は奈美をこの前と同じ会議室へ呼び出した。
ひと気のない静かな部屋で、二人は激しく言い争っていた。
「だって、私、本当に何も知らないのよ!」
「じゃあ、いったいどこから漏れたんだ?」
「さあ。少なくとも私は誰にも言ってないわ」
「本当か? 信じられないな……」
苛立ちが募るあまり、西岡は奈美が言いふらしたのだと決めつけていた。
(昇進が目前だっていうのに、こんなことがバレたら地方へ飛ばされる。うちはコンプラに厳しいんだ。上司に知られたら終わりだ)
奈美が色気で迫ってきたときに断ればよかった……西岡は今さらながら後悔していた。
しかも、その噂が凛の耳にも入りつつあるという。
そんな西岡を見て、奈美は強気に言い放った。
「そもそも、私がなんであなたとの噂を流さなきゃいけないの?」
「それは……俺とそういう関係だって広めて、俺と付き合いたかったんだろう?」
自信満々の西岡の言葉に、奈美は目を丸くしたあと、腹を抱えて笑い出した。
「あははは! そんなわけないじゃない。あなた、本気で言ってるの?」
「ど、どういう意味だよ」
「私が狙ってるのは『不動産王』の真壁さんよ。気づかなかったの?」
「真壁……?」
奈美は自分に惚れていると思い込んでいた西岡は、あまりの衝撃に言葉を失った。
「ふふっ、愚かね。誰があなたみたいな平凡なサラリーマンと一緒になりたいの? 私の夫にふさわしいのは、真壁さんみたいな大物に決まってるじゃない」
「なっ、なんだとっ!」
顔を真っ赤にした西岡は、思わず声を荒げた。
「じゃあ、なんで迫ってきたんだよ!」
「それは、情報が欲しかったからよ。真壁さんの住所を知りたくて、あなたに近づいただけ」
その言葉に、西岡は息を呑んだ。
「そんなことのために、好きでもない男に体を売るのか!」
「そうよ。欲しいものを手に入れるためなら手段は選ばないわ。若さや美貌は永遠じゃないんだから、使えるうちに使わないと……ね」
奈美はおかしそうに笑い、ひらりと手を振った。
「じゃあもう行くわね。こんなところで時間を無駄にしてるほど、私は暇じゃないの」
部屋を出ていく奈美の後ろ姿を見つめながら、西岡の両手は震えていた。
怒りに加え、あわよくばここでまた関係を持てると勘違いしていた自分に、情けなさが込み上げる。
いきり立った下半身を必死に抑え込みながら、西岡はどうにか気持ちを落ち着けようとした。
そして、悔しさを噛みしめながら、閉じられたドアを睨みつけた。
「くそっ……メギツネが……」
吐き捨てるように言うと、力が抜けたように肩を落とした。
数日後、凛は部長の田辺に呼び出された。
「二階堂さん、ちょっといい?」
「はい。部長、何か?」
「うん……ここじゃちょっとな……会議室へ行こうか」
会議室に入ると、二人は向かい合って座った。
「君も察していると思うが……」
「西岡さんと沢渡さんの件でしょうか?」
「そうだ。もっと早く話すべきだったんだが、いろいろ調査していてね。遅くなってすまない」
「いえ……」
「おととい、真壁君から全部聞いたよ。大変だったな。気づいてやれなくて申し訳なかった」
「いえ、部長のせいじゃありませんので、お気になさらずに。私のほうこそ、直接お伝えすればよかったです……すみません……」
「いや、かなり繊細な問題だから君も言いにくかっただろう。真壁君が冷静に話してくれて助かったよ」
凛はその言葉に、ほっと息をついた。
「それで、今後二人はどうなるんですか?」
「まず、西岡には子会社へ出向してもらう。おそらく関西だろうな。まだ本人には言ってないが、近いうちに伝えるつもりだ」
「そうですか……」
「顧客情報の漏洩に加え、同僚や顧客へのストーカー行為。本来なら警察沙汰だ。君が被害届を出さないと言ったと真壁君から聞いたが、それは本当か?」
「はい」
それは颯介と話し合って決めたことだった。
「会社のために……すまない。本当に感謝している」
「いえ。私もこの会社にお世話になっていますから」
「ありがとう。本当に助かるよ」
田辺はそう言って頭を下げた。
「で、沢渡さんに関してだが……彼女はちょっと厄介でね……」
「厄介……? それはどういう?」
「実は、前の会社でもトラブルを起こしていたらしい。同僚の婚約者を奪ったとか……詳しくは分からないが、それで居づらくなって転職してきたようだ」
「そんなことが……」
「君の会話を盗聴したり、真壁君を追い回した件もある。顧問弁護士と相談して、解雇の方向で進めるつもりだ」
「そうですか……」
「そこでだが」
「はい」
「君が独立する件、もう少し待ってもらえないか?」
「え?」
「すぐにでも応援すると言ったが、君は会社の戦力だ。後任が育つまで、もう少しだけ待ってほしい」
田辺の言葉はもっともだった。
凛も、今すぐ独立するつもりはない。
西岡と奈美がいなくなるなら、働き続けることに何の問題もなかった。
「大丈夫です。独立については急いでいませんし、これまで通り働かせていただきます」
「そうか、ありがとう。本当に助かるよ」
「とんでもないです。もともとそのつもりでしたから」
凛が笑顔で答えると、田辺はふと思い出したように言った。
「それと、真壁君とのこと、聞いたよ。婚約したんだって?」
突然の言葉に凛は驚いたが、すぐに頷いた。
「はい。ひょんなことから、そんな流れになりまして……」
「そうか。おめでとう! いやあ、上司として嬉しいよ」
「え?」
「実はね、真壁君には君がぴったりなんじゃないかと、ずっと思ってたんだ」
田辺はそう言ってウインクをした。
「あ……。だから、私を彼の担当に?」
「うん。そう思って紹介しようとしたら、彼の方から君を指名してきたんだ。だから驚いたよ」
「あ……」
「内緒にしてくれと言われてたけど、まあ、もう言ってもいいだろう」
「ふふっ……ですね」
「会社で会う前に、彼は君を偶然見ていたらしいじゃないか」
「そうみたいですね」
「そこで一目惚れした……いやあ、ドラマみたいだなあ……」
田辺は豪快に笑った。
凛は恥ずかしくて頬を染める。
「彼のお母さんも喜ぶだろうな。こんな美人でしっかり者の嫁が来るんだ、これで真壁家も安泰だ!」
「部長、まだ正式に決まったわけじゃ……お母様へのご挨拶もまだですし……」
「あはは、そうだったね。まあ、これからおいおい……だな。じゃあ、そういうことで、頼んだよ」
田辺はにこにこしながら軽く手を上げ、先に会議室をあとにした。
一人残された凛は、颯介がすべてを順調に進めてくれたことに、心から感謝した。
(彼はちゃんと私を守ってくれた……)
誰かに守られるという感覚を、凛は生まれて初めて知った。
その安心感に、胸の奥がじんわりと温かくなり、言葉にならない感動が広がっていく。
(ふふっ……さあ、これでまた仕事に打ち込めるわ)
そう思いながら、凛は軽やかな足取りで会議室をあとにした。
コメント
41件

何だか、もうそろそろ、ラストに向かってスパートしそうな予感😭 でも、凛ちゃんが幸せになるんだから、最後まで見届けて行きまぁす🥰
田村部長!🥹いい上司 凛ちゃんの味方が増えて良かった✨️ 颯介さんがちゃんと守ってくれてる💕 一方、ストーカー2人の思考回路がイカれてますな😮💨 西岡はともかく、沢渡は会社を解雇された後が怖い😨また付きまといそう
誰かに守られる…✨ 凛ちゃんは、颯介さんに、しっかりと守られて、クズな二人に落とし前をつけてくれそうですね😉 今まで、いろいろと辛かったけど、これで、自分の能力を存分に発揮出来る環境が整いそうだね(。˃ ᵕ ˂ )b ストーカー二人の転落まで、カウントダウンです…🤣