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最近、俺は自分の声を意識するようになった。
独り言が増えたわけじゃない。
ただ、話したあとに、妙な間が生まれる。
本当に、今の声は届いたのか。
そんな確認を、無意識にしてしまう。
次の仕事は、簡単なものだった。
端末に表示された評価は「軽度」
街角で、不満を口にしているだけの男だ。
男は自販機にもたれ、缶を片手に呟いていた。
「 どうせ、何を言っても変わらない 」
怒りはない。
誰かを動かそうとする意思もない。
諦めが、ただ音になって漏れているだけだった。
本来なら、処理対象にすらならない声だ。
俺は立ち止まったまま、何もしなかった。
それなのに、胸の奥に引っかかるものが残った。
この声を消さなかった理由が、自分でもはっきりしない。
通りを歩き出すと、人々の会話が耳に入ってきた。
だが、どれも断片的だ。
「昨日さ――」
「それで――」
「だから――」
単語は聞こえる。
けれど、文にならない。
意味が最後まで届かない。
まるで、言葉そのものが途中で力尽きているようだった。
俺は足を止め、無意識に自分の名前を口にした。
はっきりと、小さく。
……返事はない。
当然だ。誰かを呼んだわけじゃない。
それでも、喉の奥が冷えた。
その夜、報告書をまとめていると、画面に違和感を覚えた。
表示されているはずの俺の名前が、どこか欠けている。
一文字。
確かに、そこにあったはずの部分がない。
誤作動だろうと思い、修正しようとした。
だがカーソルは、その空白に触れようとしない。
最初から、存在しなかったように。
背後で、かすかな音がした。
椅子の軋みでも、風でもない。
誰かが、話そうとして――やめた。
そんな気配だけが残っている。
「 ……聞こえてるだろ 」
、、あの男の言葉が、唐突に蘇った。
声は思い出せない。
意味だけが、輪郭を持って残っている。
俺は自分の喉に触れた。
異常はない。
声も、出る。
それなのに、この世界は少しずつ、
俺を受け取る準備をやめ始めている気がした。
もし、声を消す行為そのものが、
世界から「 聞く力 」を奪っているのだとしたら。
もし、その中に、 消す側である俺自身も含まれているとしたら。
考えかけて、俺はその思考を切り捨てた。
恐怖は判断を狂わせる。
俺は選ぶ側だ。
消される側じゃない。
そう言い聞かせて、
もう一度、自分の名前を呼んだ。
今度は――
自分でも、それが声だったのかどうかが、
分からなかった。