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仕事の記録は、 いつからか遡れなくなっていた。
昨日の分は見られる。
一週間前も問題ない。
だが、それより前になると、画面は空白になる。
消されたように、何も残っていない。
俺は端末を閉じ、しばらくそのまま動かなかった。
記録がないということは、仕事をしていないということになる。
そんなはずはない。
確かに俺は、声を消してきた。
――最初から?
その考えが浮かび、すぐに打ち消した。
無意味だ
過去を疑い始めたら、今が崩れる。
それでも確かめずにはいられなかった。
俺は、管理棟へ向かった。
この仕事を始めたとき、説明を受けた場所
誰に説明されたのかは、思い出せない。
管理棟は街の端にある。
人通りはなく、音も少ない。
いや――音が少ないのではない。
意味を持つ音が、ここにはない。
受付には誰もいなかった。
名前を呼んだが、返事はない。
奥へ進むと、古い資料室があった。
埃をかぶった棚。紙の記録。
端末よりも、はるかに古い。
俺は一冊を引き抜いた。
表紙には、こう書かれている。
《 声の管理に関する指針 》
ページをめくる。
そこに書かれていたのは、俺の知っている仕事と、微妙に違っていた。
――声は、思想ではない。
――言葉でもない。
――それは“存在の輪郭”である。
読み進めるうちに、指先が冷えていく
声を失った者は、やがて 人に認識されなくなる。
記録から消え、記憶から薄れ、
最後には、世界に“いなかったもの”として処理される。
俺は、ページをめくる手を止めた。
それは、消去だ。
どう考えても。
だが、最後の一文が、さらに俺を凍らせた
――選別者もまた、例外ではない。
呼吸が浅くなる。
選別者。
それは、俺のことだ。
声を消す者は、
世界の“聞く力”を削り取る。
削り取られた分だけ、
世界は静かになり、
同時に、選別者自身の輪郭も薄れていく
だから――
選別者は、定期的に更新される。
更新
その言葉の意味を考えた瞬間、
背後で、足音がした。
振り返る
そこに、男が立っていた。
最初に消した、あの男だ。
表情は穏やかだった。
怒りも、恐怖もない。
「 やっと、気づいたんだね 」
声は聞こえない。
それでも、意味ははっきりと分かる。
「 君は、特別じゃない。 」
男は一歩、近づいた。
「 君も、代わりはいくらでもいる 」
俺は後ずさる。
言葉が出ない。
男は、静かに口を動かした。
「 君はもう、選ぶ側じゃない 」
瞬間、周囲の音が、すべて途切れた。
俺は叫んだ
だが、その声が世界に届いたのかどうか、
自分でも分からなかった。