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これからは、全てが私の望み通りの世界になる。アレと同じく無尽蔵にとまではいかずとも、この神力があれば黒魔術を使う代償すらも覆せるはず。そして“聖女・カルム”を失った傷心のナハトは、妻と瓜二つとなったワタシを愛し、ワタシ達こそが異種族間の橋渡し的な夫婦となるのだ。
——この容姿を奪い取った直後は、ワタシは本気でそう思っていた。
二柱を祀るこの神殿に居た太陽の神官達には、アレの血液を黒魔術で加工した物を『聖水だ』と偽って飲ませて『スティグマ』の刻まれた者達をワタシの支配下に置き、二柱を祀る、最高傑作とも言えるこの美しい神殿はワタシの物となった。
祖国である“ソレイユ王国”からは『聖女の自害という重罪を祈りの力で神に許してもらい、その証として“聖痕”を頂いた』との功績を認められて我らは『五人と聖人』と呼ばれるようになり、ワタシは『二代目の聖女』となった。後はもう、帰省しているナハトを『ワタシの夫』として向かい入れるだけだ。それが終わればワタシは、完璧にアレと成り代わる事が出来るのだ。いや、『公爵』という爵位をも得たワタシの方がもう上だと言っても過言ではないだろう。
だが、それ以後は……考えていた様には上手くはいかなかった。
ナハトが頑なに『カルムの遺体を寄越せ!』と騒ぎ、なかなかワタシとの再婚話を持ち出す間すらも与えてはくれなかったのだ。
だが、『寄越せ』と言われても要求には応じられない。だってアレの遺体はもう、皮も骨も血も、髪の毛一本すらも残ってはいないからだ。なので当然断った。無茶を言われても応えられない。
すると今度はアレの『遺品を渡せ』としつこいくらいに言い始めたが、それらは無視して、ワタシは自分との婚姻を申し出た。そんな物に縋るよりもずっと、前に向かって進む方が建設的だと言葉を添えて。遺品があろうがアレはもう元には戻らないのだ。ならば、アレと生き写しであるワタシを愛した方が確実に幸せになれるでしょう?
なのにナハトはこちらの要求を完全に跳ね除け、ヒト族全体に戦争を仕掛けてきた。
何をキレているのかは知らないが、怒り狂っている獣人共の勢いは激しく、二柱を祀る神殿付近はあっという間に占領されてしまってギリギリまで神殿に居た我々は早々に祖国へ帰還せねばならなくなった。
我らがソレイユ王国に帰還しても尚獣人共の戦意は衰えず、戦火はあちこちに広がっていった。『初代・聖女の死』によりヒト族は神からの愛の証である加護を失った為、敵はルーナ族だけではなく、知性ある魔物達までもがワタシ達を敵視して驚異的な存在と化してしまった。
状況はナハト達のせいで最悪だ。彼がワタシを受け入れさえしたら全ては上手くいったのに、アレの夫だっただけあって、くだらない事に拘って段々状況は面倒な事になっていく。——だが、聖女を食らったおかげで才能に開花した者達は前線に出て戦い、ワタシや神官達が人々を癒した事で、神殿は一層民衆の信頼を得たのだけは幸いだったかもしれない。
そんな生活が二年程続いた頃。ワタシの体に異変が起き始めた。桜色の瞳に激痛が走る様になったのが始まりだった。神力も段々と衰えてきている気がする。その事で焦りを感じ始めた時程気苦労は重なるものだ。周辺から、公爵家の主人として後継者問題をせっつかれる様にもなってきた。だがまだナハトは手に入りそうに無い。『もしかしたら、あるいは』と思える様な見込みすら無いのに、後継者なんかどうしろと言うのだ。だが今はワタシが『聖女』である以上、血族を残して欲しいという周囲の期待が付き纏う。なのでワタシ仕方なくテキトウな神官達と夜な夜な関係を持って子を成した。
昼間は慈悲深い聖女となり、夜になれば男の前で脚を開く。
やっている事はアレの後世となんら変わらないのに、相手への愛情が自分には無いという似て非なるものだったから、成り代わってやったという達成感は全く無かった。一人一人の名前も顔も覚えてはいないし、結局生まれたのが誰の子だったのかも知らない。子供の顔も名前もどうでもいいから記憶していないが、きっと何処かで大事にされて生きてはいるだろう。
そんな産後すぐくらいからワタシは寝起きするのすら難しいくらいに体調を崩し始めた。目の激痛は激しくなる一方で、ストロベリーブロンドの美しい髪から段々色が抜けていき、今では老婆の様な白髪になってしまった。首から上の肌は衰えてもいき、皮がだらりと垂れ下がっていく。
……代償が、ワタシを襲い始めたのだと悟った。
神力でこの先もずっと代償なんかどうとでも出来ると考えていたのに、その神力が衰える一方だからか、跳ね除ける事が不可能になってきたみたいだ。『黒魔術』の代償は重たく、やってみないと、実際には何が起きるかはわからない場合も多々ある。だから危険性が高いとして打ち捨てられた魔法だったのだが、その理由をこうも強く体感する羽目になるとは…… 。
一ヶ月程度でもうベッドから動けなくなったワタシは神殿にある自室で寝たきりの生活となった。黒魔術の代償であるとは誰にも言えず、全てを『聖女の自殺』が原因で、まだ神がお怒りなのだろうと言い張る。『この身を犠牲にし、捧げる事で神が皆を許してくれるのなら、喜んで差し出すわ』と心にも無いことを言って、ギリギリ神官達の良心を掴む生活は苦痛でしかなかったが、もう自分に出来る事なんか限られていた。
悪い事は重なるもので、大衆から『五人の聖人』と呼ばれ、『大神官』にもなったニオスを含む四人の同志達にかけた黒魔術が薄れ始めた。ワタシを責めたり、自分達の行いを暴露する様な真似はしないまでも、罪悪感に苛まれて互いに距離を置くようになっていっているとニオスが教えてくれた。四人の中でも、アレを愛していたニオスのダメージが一番酷く、ワタシと同じく後継の為に子供を成したが相手とは結婚はしないそうだ。常にアレのことを考え、恋焦がれ、食らった事で自身と一体となった我が身を持て余している様だったが、そんな事はもうどうでもいい。
もうワタシは、自分の心配しかしていられない程に状況は最悪なものと化してきている。
ある日の夜。長々と激痛で苦しんでいた桜色の瞳がどろりとした液体と化して溶け落ち、ワタシから流れ落ちてしまった。そのせいで盲目となり、もう何も見えない。肌の衰えも悪化の一途を辿っていた。美化した言い方だと『老婆』の様な、現実味を帯びた言い方をすると『骸骨の様だ』と言った方が正しい程にワタシの体はもう痩せ細り、顔は皮が剥がれ落ちて筋肉が剥き出しの状態になっている。神力で治癒したくとももう一切扱えず、神官達に痛みを緩和してもらっている状態だ。ワタシの姿を前にするたびに彼らの泣き声が聞こえ、『神は残酷過ぎる』と悲しんでいく。
『こんなにも優しく、献身的で、美しい心根の聖女様を、姉の代わりに罰するとは——』
真相を知らぬ者だけが口に出来る言葉を聞いても、当然心には響かない。
『お姉様は悪くはないわ、裏切りに耐えられなかっただけだから……』
聖女の立場を貶めるわけにもいかず、口にするのはそんなテキトウな嘘ばかりだが、誰も嘘だと気が付かない。アレを食らった四人も、自分の立場を守る為に、今もまだ真相を誰にも話してはいないのだろう。
五人の秘密はこのまま墓場まで持って行けと、最後の力を振り絞る。
もう黒魔術の為に使えるモノなんかワタシの命くらいなものだが、こんな姿になっては生きていたいとも思えないからどうでもいい。命を燃やし、寿命を使い切り、ワタシはアレとの縁を強固なものにもした。代償は重たいが、何だって出来るのが黒魔術の良いところだ。ニヤリと笑ったが、ちゃんと自分の表情が動いたかは不明だ。
獣人共の神官は『前世』と『来世』について語っていた。本当にそんなものがあるのなら、今度はもっと上手にやってみせるわ。
次こそは、アレの全てをワタシのものにしてやる。
愛も、能力も、同じはずなのに何故かワタシよりも美しく見えた容姿も、髪色も、神からの愛情をも——
(全部、全部全部全部全部、今度こそは完璧に、ワタシが手に入れてみせるわ!)
ワタシの執念が鎖の様に、蛇の様に、何処かへ伸びていく幻覚が見えている気がする。目なんかもう無くなってしまってがらんどうの状態なのに。
黒魔術なんてものに縋らずとも、神がワタシの方を愛してくれたなら、こんな目には合わずに済んだろうに。もっと公平な存在なら、今頃万人が幸せになっていたはずだ。
(ホント、どうして神は、いつも不公平なんだろうか……)
意識が段々と遠のいて行く。手放せばもう、戻れないと本能でわかる。
……こうして、まるで真夏の夜の夢の様に、私の短い栄華の期間は、この命と共に儚く散ったのだった。
【番外編『リューゲの生涯 』・完】