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雨が降っていた。
窓を叩く水音が、やけに耳に残る午後。
イギリスは静かにカップを置いた。
「……少し、外出してきます」
「は?」
ソファに寝転がっていたアメリカが顔を上げる。
「どこ行くんだよ」
「あなたに報告する義務はありませんが」
いつも通りの淡々とした口調。
けれど、その一言が妙に引っかかる。
「……ふーん」
アメリカはゆっくりと体を起こした。
「じゃあさ、誰と?」
「……」
一瞬の沈黙。
それだけで十分だった。
「へえ」
にやりと笑う。
「やっぱ誰かいんじゃん」
「……ただの用事です」
「“誰か”と?」
「あなたには関係ないことです」
ぴしゃりと切り捨てられる。
その瞬間、アメリカの中で何かがざらついた。
「関係ない、ね」
低く呟く。
イギリスはそれ以上何も言わず、コートを羽織った。
「では、行ってきます」
「……」
止める理由なんてない。
いつも通りなら、「行ってらっしゃい」と軽く返すだけで終わる。
——いつも通りなら。
けれど。
「なあ、親父」
呼び止める。
イギリスが振り返る。
「なんですか」
「帰ってくるよな?」
「……?」
意味がわからない、という顔。
「当然でしょう。何を言っているのですか」
「……そっか」
にこ、と笑う。
「ならいいや」
その笑顔に、イギリスはわずかな違和感を覚えた。
だが、それ以上考えることなく扉を開ける。
外は、冷たい雨。
そのまま扉が閉まる。
部屋に残されたのは、静寂と——
「……関係ない、か」
ぽつりと落ちる声。
アメリカはゆっくりと立ち上がった。
窓の外を見つめる。
遠ざかっていく背中。
(誰とだよ)
胸の奥が、じわじわと熱を持つ。
(どこ行くんだよ)
指先が、無意識にぎゅっと握られる。
(なんで言わねえんだよ)
——俺には。
「……」
笑みが消える。
代わりに浮かぶのは、冷えた表情。
「……いいよ」
静かに呟く。
「なら、俺が知ればいいだけだろ」
軽くコートを羽織る。
扉に向かって歩きながら、携帯を取り出した。
「逃がさねえから」
その声は、もう冗談の温度じゃなかった。
⸻
雨の中。
イギリスは傘を差し、静かに歩いていた。
人気の少ない通り。
やがて、ある場所の前で立ち止まる。
「……」
小さく息を整える。
扉を開けようとした、その時。
「親父」
背後から、声。
ぴたりと動きが止まる。
「……アメリカ?」
振り返ると、そこにいた。
雨に濡れたまま、無表情で立っている。
「……どうしてここに」
「さあ」
ゆっくりと近づいてくる。
「なんでだと思う?」
「……偶然ですか?」
「そんなわけねえだろ」
即答だった。
一歩、また一歩。
距離が縮まる。
「つけてきた」
「……は?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「親父がどこ行くのか、気になってさ」
笑う。
けれど目は笑っていない。
「それで?ここで何すんの?」
「……あなたには関係ありません」
「まだそれ言うんだ」
その瞬間。
腕を掴まれた。
「っ……!」
思ったより強い力に、イギリスはわずかに顔を歪める。
「離してください」
「やだ」
あっさりと拒否される。
「だって気になるじゃん」
ぐっと引き寄せられる。
距離が一気に近くなる。
「親父が、俺に隠してること」
「……隠してなど」
「あるだろ」
低く、遮る声。
「じゃなきゃこんなとこ来ねえよな?」
視線が鋭く突き刺さる。
「誰と会うんだよ」
「……」
答えない。
いや、答えられない。
その沈黙が、逆に答えになってしまう。
「……あーあ」
アメリカが小さく息を吐く。
「やっぱいるんだ」
握る力が強くなる。
「やめてください」
「なんで?」
「痛いです」
「……そっか」
一瞬だけ、力が緩む。
けれど、次の言葉は優しくなかった。
「でもさ」
「……」
「それ以上に、俺の方が嫌なんだけど」
ぞくり、と背筋が冷える。
「親父が、俺以外といるの」
その声は、静かで。
なのに、逃げ場がない。
「……意味がわかりません」
「わかれよ」
即座に返される。
「俺、ずっと一緒にいたじゃん」
「それは——」
「なんで他のやつと会うんだよ」
言葉を重ねるごとに、少しずつ温度が下がっていく。
「なんで俺に言わねえんだよ」
「……あなたには関係ないと——」
「あるって言ってんだろ」
強く、言い切る。
そのまま、ぐっと引き寄せられる。
「親父は、俺のだろ」
「……は?」
理解が追いつかない。
その一言が、あまりにも突飛で。
けれど。
アメリカの目は、冗談を言っているものではなかった。
「なあ」
「……」
「なんで、他のやつ見てんの?」
問いかけ。
けれど、それは質問じゃない。
責めるような、押し付けるような声。
「……離してください」
「やだ」
再び拒否。
「答えろよ」
「答える必要はありません」
震えそうになる声を、必死に抑える。
すると。
アメリカは一瞬、黙った。
そして。
「……そっか」
ぽつりと呟く。
「じゃあいいや」
手が、すっと離れる。
「っ……」
解放されたはずなのに、安心できない。
むしろ——
嫌な予感が、強くなる。
「今日は帰ろうぜ」
「……は?」
「用事、もういいだろ」
「よくありません」
「いいって」
にこ、と笑う。
最初と同じ、軽い笑顔。
けれど。
何かが、決定的に違う。
「だってさ」
「……」
「親父、俺に隠し事するんだもんな」
その声は、どこか納得したようで。
同時に、諦めたようでもあった。
「ならさ」
ゆっくりと近づく。
逃げ場を塞ぐように。
「俺も、好きにしていいよな?」
「……何を言って」
言葉が、途中で止まる。
目が合う。
その奥にあるものを見てしまって。
「……」
笑っているのに。
全く、笑っていない。
「帰ろうぜ、親父」
手を差し出される。
逃げるべきだと、頭ではわかるのに。
足が動かない。
「……」
結局。
イギリスはその手を取ることも、振り払うこともできなかった。
ただ。
静かに、引かれるまま歩き出す。
雨の音が、やけに大きく響く。
——この時。
まだ、引き返せたはずなのに。
二人とも、それを選ばなかった。
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