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匿名446
雨が降っていた。
窓を叩く水音が、やけに耳に残る午後。
イギリスは静かにカップを置いた。
「……少し、外出してきます」
「は?」
ソファに寝転がっていたアメリカが顔を上げる。
「どこ行くんだよ」
「あなたに報告する義務はありませんが」
いつも通りの淡々とした口調。
けれど、その一言が妙に引っかかる。
「……ふーん」
アメリカはゆっくりと体を起こした。
「じゃあさ、誰と?」
「……」
一瞬の沈黙。
それだけで十分だった。
「へえ」
にやりと笑う。
「やっぱ誰かいんじゃん」
「……ただの用事です」
「“誰か”と?」
「あなたには関係ないことです」
ぴしゃりと切り捨てられる。
その瞬間、アメリカの中で何かがざらついた。
「関係ない、ね」
低く呟く。
イギリスはそれ以上何も言わず、コートを羽織った。
「では、行ってきます」
「……」
止める理由なんてない。
いつも通りなら、「行ってらっしゃい」と軽く返すだけで終わる。
——いつも通りなら。
けれど。
「なあ、親父」
呼び止める。
イギリスが振り返る。
「なんですか」
「帰ってくるよな?」
「……?」
意味がわからない、という顔。
「当然でしょう。何を言っているのですか」
「……そっか」
にこ、と笑う。
「ならいいや」
その笑顔に、イギリスはわずかな違和感を覚えた。
だが、それ以上考えることなく扉を開ける。
外は、冷たい雨。
そのまま扉が閉まる。
部屋に残されたのは、静寂と——
「……関係ない、か」
ぽつりと落ちる声。
アメリカはゆっくりと立ち上がった。
窓の外を見つめる。
遠ざかっていく背中。
(誰とだよ)
胸の奥が、じわじわと熱を持つ。
(どこ行くんだよ)
指先が、無意識にぎゅっと握られる。
(なんで言わねえんだよ)
——俺には。
「……」
笑みが消える。
代わりに浮かぶのは、冷えた表情。
「……いいよ」
静かに呟く。
「なら、俺が知ればいいだけだろ」
軽くコートを羽織る。
扉に向かって歩きながら、携帯を取り出した。
「逃がさねえから」
その声は、もう冗談の温度じゃなかった。
⸻
雨の中。
イギリスは傘を差し、静かに歩いていた。
人気の少ない通り。
やがて、ある場所の前で立ち止まる。
「……」
小さく息を整える。
扉を開けようとした、その時。
「親父」
背後から、声。
ぴたりと動きが止まる。
「……アメリカ?」
振り返ると、そこにいた。
雨に濡れたまま、無表情で立っている。
「……どうしてここに」
「さあ」
ゆっくりと近づいてくる。
「なんでだと思う?」
「……偶然ですか?」
「そんなわけねえだろ」
即答だった。
一歩、また一歩。
距離が縮まる。
「つけてきた」
「……は?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「親父がどこ行くのか、気になってさ」
笑う。
けれど目は笑っていない。
「それで?ここで何すんの?」
「……あなたには関係ありません」
「まだそれ言うんだ」
その瞬間。
腕を掴まれた。
「っ……!」
思ったより強い力に、イギリスはわずかに顔を歪める。
「離してください」
「やだ」
あっさりと拒否される。
「だって気になるじゃん」
ぐっと引き寄せられる。
距離が一気に近くなる。
「親父が、俺に隠してること」
「……隠してなど」
「あるだろ」
低く、遮る声。
「じゃなきゃこんなとこ来ねえよな?」
視線が鋭く突き刺さる。
「誰と会うんだよ」
「……」
答えない。
いや、答えられない。
その沈黙が、逆に答えになってしまう。
「……あーあ」
アメリカが小さく息を吐く。
「やっぱいるんだ」
握る力が強くなる。
「やめてください」
「なんで?」
「痛いです」
「……そっか」
一瞬だけ、力が緩む。
けれど、次の言葉は優しくなかった。
「でもさ」
「……」
「それ以上に、俺の方が嫌なんだけど」
ぞくり、と背筋が冷える。
「親父が、俺以外といるの」
その声は、静かで。
なのに、逃げ場がない。
「……意味がわかりません」
「わかれよ」
即座に返される。
「俺、ずっと一緒にいたじゃん」
「それは——」
「なんで他のやつと会うんだよ」
言葉を重ねるごとに、少しずつ温度が下がっていく。
「なんで俺に言わねえんだよ」
「……あなたには関係ないと——」
「あるって言ってんだろ」
強く、言い切る。
そのまま、ぐっと引き寄せられる。
「親父は、俺のだろ」
「……は?」
理解が追いつかない。
その一言が、あまりにも突飛で。
けれど。
アメリカの目は、冗談を言っているものではなかった。
「なあ」
「……」
「なんで、他のやつ見てんの?」
問いかけ。
けれど、それは質問じゃない。
責めるような、押し付けるような声。
「……離してください」
「やだ」
再び拒否。
「答えろよ」
「答える必要はありません」
震えそうになる声を、必死に抑える。
すると。
アメリカは一瞬、黙った。
そして。
「……そっか」
ぽつりと呟く。
「じゃあいいや」
手が、すっと離れる。
「っ……」
解放されたはずなのに、安心できない。
むしろ——
嫌な予感が、強くなる。
「今日は帰ろうぜ」
「……は?」
「用事、もういいだろ」
「よくありません」
「いいって」
にこ、と笑う。
最初と同じ、軽い笑顔。
けれど。
何かが、決定的に違う。
「だってさ」
「……」
「親父、俺に隠し事するんだもんな」
その声は、どこか納得したようで。
同時に、諦めたようでもあった。
「ならさ」
ゆっくりと近づく。
逃げ場を塞ぐように。
「俺も、好きにしていいよな?」
「……何を言って」
言葉が、途中で止まる。
目が合う。
その奥にあるものを見てしまって。
「……」
笑っているのに。
全く、笑っていない。
「帰ろうぜ、親父」
手を差し出される。
逃げるべきだと、頭ではわかるのに。
足が動かない。
「……」
結局。
イギリスはその手を取ることも、振り払うこともできなかった。
ただ。
静かに、引かれるまま歩き出す。
雨の音が、やけに大きく響く。
——この時。
まだ、引き返せたはずなのに。
二人とも、それを選ばなかった。
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