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「それじゃあ、帰りは陽向に頼んでいますから」
「うん、ありがとう」
「なるべく早く帰るので」
「待ってる。気をつけて行ってきてね」
「はい。それでは、行ってきます」
朝、朝陽は亜佑美を職場まで送り届けると、そのまま駅へ向かうことに。
本当は亜佑美のことが気掛かりだった。
けれど、帰りは陽向が迎えに行ってくれる。
そう自分に言い聞かせて気持ちを切り替えた朝陽。
一方の亜佑美も不安が完全に消えたわけではなかったものの、陽向が迎えに来てくれるという安心感が張り詰めていた心を少しだけ軽くしてくれていた。
日中はいつも通り仕事をこなし、昼過ぎには朝陽から、「こっちは順調です」とメッセージが届く。
その一文を見て亜佑美は胸をなで下ろした。
そして定時を迎えて退勤の準備を済ませた亜佑美は一人一階へ降りて会社の外へ出る。
その瞬間だった。
「木葉さん」
ふいに名前を呼ばれて亜佑美が足を止めて振り返る。
「……えっと?」
そこに立っていたのは取引先の営業担当者だった。
人通りの多い場所だったこともあって危険を感じることはなかったものの、呼び止められたことに亜佑美は戸惑いを隠せない。
男は一歩近づき、どこか思い詰めたような表情で口を開く。
「木葉さん。少し、お話ししたいことがあるんですけど……」
その言葉が終わるか終わらないかというタイミングで男の背後から低く鋭い声が響いた。
「誰だよ、アンタ」
亜佑美が視線を移すと、迎えに来ていた陽向がいつの間にか男のすぐ後ろへ立っていた。
長身の陽向が男を鋭い眼差しで見据えると、その迫力に男は思わず肩を震わせながら一歩後ずさる。
先程まで話しかけようとしていた勢いは消え失せ、どこか怯えたような表情を浮かべていた。
「お、お前こそ何なんだよ?」
男は明らかに怯えた様子で言い返すと、陽向は怪訝そうに眉をひそめ、隣に立つ亜佑美へ視線を向ける。
「亜佑美サン、この人、知り合い?」
「うちの会社の取り引き先の営業担当の人……ってだけで、知り合いってほどじゃ……」
その答えを聞いた陽向は男へ向き直り口調を強めた。
「へえ。取り引き先の人が何の用? もしかして、アンタがストーカーの犯人?」
「ち、近寄るな!」
男は顔を青ざめさせると勝ち目は無いと悟ったのか、それ以上何も言わずに逃げるように走り去る。
その後ろ姿を見送りながら陽向は呆れたように息を吐いた。
「何なんだよアイツ……平気?」
「う、うん……ありがとう」
安堵したように礼を口にする亜佑美だったが、陽向は先程の男の様子を思い返しながら腕を組んだ。
「アイツ、亜佑美サンに気があるよな」
「え?」
思いがけない言葉に亜佑美は目を丸くする。
「さっき話しかけようとしてただろ。前から言い寄られたりしてないのかよ?」
「ううん、そういうのはないよ。会社で何度か会ったことはあるけど、軽く会釈するくらいで……」
その返事を聞いた陽向は少し考え込み、ふと気になることに思い至る。
「でもさ、普段は話しかけてこないのに、今日に限って声を掛けてきたんだろ?」
「……うん」
「アイツ、今日兄ちゃんが迎えに来ないって知ってたんじゃないか? 最近はずっと兄ちゃんが送り迎えしてるんだろ? ストーカーの犯人ならそれを知ってるはず。彼氏が迎えに来るって分かっててわざわざ話し掛けたりしないよな」
「それは、そう、かもしれない……けど」
「ただ、兄ちゃんが来れない代わりに俺が迎えに来ることは知らなかったから焦ってた」
「…………」
「兄ちゃんが来ないことだけは知ってたから、『今日の仕事終わりなら話せる』って思って近づいてきたんじゃねぇの?」
その推測を耳にした瞬間、亜佑美の背筋に冷たいものが走る。
男は偶然そこにいたのではない。
もし本当に朝陽が来ないことを知った上で待ち伏せしていたのだとしたら――そう考えた途端、亜佑美の胸に言いようのない恐怖がじわりと広がっていった。
「悪い、別に怖がらせるつもりで言ったんじゃなかったんだけど……」
不安そうな表情を浮かべる亜佑美を見た陽向は申し訳なさそうに頭を掻く。
「あ、ううん。私の方こそごめん。不安はあるけど陽向くんの言うことも一理あると思うし。それに、一緒にいてくれるから心強いよ。ありがとう」
そう礼を言われると陽向はどこか照れくさそうに視線を逸らす。
「……とりあえず帰ろう。兄ちゃんにはタクシーで帰れって言われてるし、タクシー拾うか」
「うん、そうだね」
二人はタクシー乗り場へ向かうと、一台のタクシーを拾って乗り込んだ。
コメント
1件
読了しました!今回、陽向くんのあの鋭い観察力にぞわっとしましたね。「兄ちゃんが来ないことだけは知ってた」って気づくシーン、確かにそう考えると不気味すぎる……。亜佑美さんの不安がじわじわ広がる感覚、すごくリアルで苦しくなりました。でも陽向くんがいてくれて本当に良かった。あの少し照れくさそうに視線を逸らすところ、彼の優しさがにじみ出ていて好きです。続きが気になります!
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